【わかりやすい構造設計】その計算結果は”現実”ですか?杭の転倒検討から学ぶ、電算との正しい付き合い方

【モデル化】

構造計算ソフトが示す変形図や応力図。私たち構造設計者は、それをどこまで”現実”として捉えているでしょうか?

日常的に計算と向き合う中で、無意識のうちに「計算上の仮定」と「実際の建物の挙動」を混同してしまう危険性が潜んでいます。それは、建物の安全性を左右する重要な判断を見誤らせる原因にもなり得ます。

その具体的な例として、地震時における「杭の浮き上がり」と「建物の転倒」を見ていきたいと思います。

この記事では、多くの設計者が一度は疑問に思うこのテーマを切り口に、構造設計者が陥りがちな「電算と現実の混同」という罠と、その乗り越え方について解説します。

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① 「杭の浮き上がり」は本当に起きるのか?

過去の大地震の被害映像で、建物が根元から転倒している様子を見たことがある方も多いでしょう。

そういった映像では、杭と建物の接合部が破壊され、昔の設計で用いられていた「杭頭補強筋」がむき出しになっていることがよくあります。しかし、この光景は、実は少し誤解(ミスリード)を生む可能性があります。

「昔の建物は杭頭補強筋が少なかったから、地震で建物が浮き上がって転倒したんだ」 「今の設計なら杭頭補強筋がしっかり入っているから大丈夫」 「半固定方式は杭頭補強筋が少ないから危険だ」

このような短絡的な判断に繋がっていないでしょうか? しかし、建物の転倒は、単純な「浮き上がり」が直接的な原因ではありません。では、本当の原因は何なのでしょうか?

参考:建築構造設計の世界を知る~自然の未知をどう掴むか

② 地震は「力」か「エネルギー」か?転倒の本当のメカニズム

建物が「浮き上がる」という考え方は、構造設計者であっても陥りやすい罠です。

確かに、一次設計の応力解析では杭の引抜きを検討しますし、保有水平耐力計算(増分解析)では、耐震壁やブレース下の杭に非常に大きな引抜力(浮き上がり)が計算上発生します。

しかし、これはあくまで「静的な力(ベクトル)」として地震を捉えた場合の計算結果です。

実際の地震は、常に揺れの方向が変わる「動的なエネルギー」です。瞬間的に大きな引抜力が発生したとしても、次の瞬間には逆向きの力が作用するため、計算結果のように建物がそのまま浮き上がるわけではありません。

考えてみてください。巨大な建物を水平に揺らして、片側を完全に持ち上げるには、大地震のエネルギーをもってしても実は不足します。

では、建物はどうすれば転倒するのでしょうか?

それは「圧縮側の鉛直変形」を生じさせることです。人間で例えるなら、人を持ち上げて倒すよりも、足元を払う方がはるかに少ない力で転倒させられますよね。建物もこれと同じです。

実際の転倒被害も、引張側が浮き上がったのではなく、圧縮側の杭が破壊(圧壊)されたり、地盤が変形したりすることで建物全体が傾き、転倒に至っているケースがほとんどです。杭頭補強筋の不足は、その結果として現れた現象であり、直接的な原因ではないのです。

杭の設計では、圧縮・引張の軸力や水平力など様々な検討を行いますが、建物の転倒という最悪の事態を避けるためには、「圧縮側の鉛直変形を起こさせないこと」が何よりも重要になります。

静的解析では引張力が大きく算出される傾向があるため、ついそちらに目が行きがちです。しかし、本当に注目すべきは、圧縮による圧壊や、過大な水平変形によって生じるP-δ効果(建物が傾くことで付加的に発生する転倒モーメント)による鉛直変位なのです。

参考:杭の耐震設計の変遷と外力の考え方
参考:既製杭の計算書チェックリスト|メーカー任せにしないための確認ポイント

③ 「計算上の仮定」と「現実の事象」を混同しないために

構造計算を行う上では、様々な「仮定」が用いられます。これまで述べてきた「浮き上がり」の考え方もそうですし、他にも「剛床仮定」や部材の「剛性評価」なども、計算を成り立たせるための仮定です。

構造設計者は、日常業務で実際の建物が揺れ動く様子や、ましてや損傷する瞬間を見る機会はほとんどありません。

そのため、無意識のうちに構造計算上の「仮定」と、現実に起こる「事象」を混同してしまうことがあります。

「計算上、これだけの引抜力が出るのだから、実際に浮き上がるのだろう」 「この解析モデルではこのように変形するから、実際の建物も同じように変形するはずだ」

計算結果に触れる機会が多いほど、思考もそちらに引きずられがちです。自信がないうちは計算を信じがちなので『浮き上がる』という事象があると思い込んでしまいます。だからこそ、私たちは意識的に、計算結果と現実の事象をすり合わせて判断する視点を持つ必要があります。

  • この耐力や剛性の計算式は、理論値なのか、実験に基づくものか?
  • 一貫計算ソフトが示す変形形状は、本当に現実に即しているのか?

もちろん、計算上の仮定を理解し、活用することは設計を進める上で不可欠です。しかし、その仮定と現実の境界線を常に意識し、事象を正しく定義し、言葉として理解していくことで、両者が整理され、より安全で合理的な設計に繋がっていくのです。

参考:計算の「わかったつもり」から脱却/成長の壁を壊す”言語化”の思考法
参考:構造設計者(エンジニア)は未知課題に謙虚に向き合うことが不可欠


まとめ:電算を使いこなし、本質を見抜く設計者であるために

今回の記事の要点をまとめます。

  • 構造設計者は、無意識に「計算上の仮定」と「現実の事象」を混同する危険性がある。
  • 杭の転倒検討はその典型例。本質は「引張による浮き上がり」ではなく「圧縮側の鉛直変形」にある。
  • 計算結果を鵜呑みにせず、その背後にある仮定を理解し、常に現実の挙動と照らし合わせる視点を持つことが重要。

杭の設計において最も重要なのは、圧縮側の杭が破壊されたり、過大な沈下を起こしたりしないように、十分な支持力と剛性を確保することです。計算上大きく見える引張力に惑わされることなく、建物の転倒を防ぐ本質的なメカニズムを理解し、設計に臨むことが求められます。

地盤・基礎構造関連

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