現状の一貫計算ソフトでは任意系の応力解析ソフトまでとはいきませんが、かなり自由度の高い形状の入力ができるようになっています。SS3から一貫計算ソフトを使い始めた世代としては、SS7になった段階で大きく操作性が向上したと感じています。
経験的にはSS7で設計した案件数の方が多くなっており、これが当たり前の感覚ではありますが、こういった電算が便利になっていくと必ず課題も発生します。それは、ソフトが「ブラックボックス化」し、中の計算過程を意識せず、出てきた結果をただ鵜呑みにしてしまう危険性です。
今回は一貫計算で重視するべき設定に焦点を当てて、モデルを作成する上で留意すべき視点を解説していきます。
① 見た目の再現性は罠?モデルは「応力図」で考えよう
まず大前提として、一貫計算モデルはビジュアル的なパースを作るためのソフトではありません。これは言葉で言われれば誰もが「そんなことはわかっている」と言うと思いますが、実際にモデルを作り始めると、3Dの見た目を重視してモデルを作っているなんてことはないでしょうか?
コマンドが増えて便利になったことにより、ある程度思い通りに形状は入力できるので、そちらに意識が向かってしまいがちです。特に意匠設計者との打ち合わせで3Dモデルを見せながら説明する場面も増え、見た目の整合性を追求したくなる気持ちはよくわかります。
しかし、形状が正しく入力されることと、計算が意図通りできることとは同義ではありません。
一貫計算ソフトにおけるモデルとは、現実の建物を構造力学のルールにのっとって単純化した「力の流れを模擬するモデル」です。例えば、意匠的に重要な斜めの壁やR形状の壁を忠実に再現しようとして、非常に細かい部材で分割してモデル化するとどうなるでしょうか。
- 不要な節点(部材の交点)の増加: 計算上の自由度が増えすぎ、モデルが不安定になったり、計算時間が膨大になったりします。
- 微小部材の発生: 極端に短い部材が生まれると、局所的な応力集中が起こり、実際には問題ない箇所で部材がNG判定になる、あるいはエラーで計算が停止する原因になります。
- 意図しない応力伝達: 本来は力を伝達しない非構造部材までモデル化してしまうと、地震時にそれらが耐震要素として見なされ、主架構が負担すべき応力を過小評価してしまう危険性があります。
重要なのは、その部材が「建物全体の骨格として、どのように力を伝え、抵抗するのか」という視点です。見た目の美しさではなく、構造的な役割を正しく表現することが、一貫計算モデルの最大の目的ということを見失わない必要があります。
参考:混構造を「単純化」する思考法・役割分担と力の伝達
参考:構造解析のモデル化の基本~線材モデルについてとモデル化の目的
②入力の前に描くべき「計算モデルの設計図」とは
計算モデルには計算モデルのルールがあります。そのルールに沿っていないと、どんなに形状が正しくても計算結果は意図したものにはなりません。
アナログで設計していた時代、設計者は頭の中に明確な応力伝達のイメージを描き、それを図面に落とし込んでいました。一貫計算ソフトを使う現代でもその本質は同じです。電算の中で部材を配置していく前に、まず「計算モデルの設計図」を考える必要があります。
なぜなら、複雑な建物では意匠図の通り芯だけでは、力の流れを正しく表現できないからです。例えば、斜めに配置された柱や、セットバックした部分の柱と梁を適切に接続するには、計算モデル専用の補助的な通り芯や節点座標を戦略的に配置する必要があります。この「計算モデルの設計図」を事前に作ることで、手戻りがなくなり、意図した通りの応力伝達を実現できます。
その設計図を作成するためには、応力図のルールの理解が不可欠です。基本的な応力図のルールを理解せずにモデルを作ると、全く現実と異なる応力状態を設計していることになります。一見すると同形状のモデルであっても、節点の結合条件ひとつで応力図は全く違ったものになってきます。
参考:応力図の正しい読み方と3つのチェックポイント
なので、モデルの見た目とは別に、構造設計者としての判断基準を持つことが不可欠になります。その判断基準として欠かせないのは、この架構の手計算(概算)による応力図と比較して不自然な部分がないかになります。
複雑だから計算してみないとわからないという思考では、無意識に電算が正しいという思考になってしまいます。本来は逆で複雑であるからこそ、電算が正しく計算できているかが定かではないので、こちらで応力図を想定して比較する必要があります。
お互いに絶対に正しい結果でない可能性もあるので、違う部分を見比べてその理由を仮説でもいいので導き出して納得ができる方を選択していく必要があります。自分に自信がないからと言って電算を信じるといったことは絶対に避けるべき思考です。
ソフトに入力する前に、力の流れを意識した簡単な「計算モデルの設計図」と応力図を描く。この一手間が、モデルの精度を向上させます。
参考:構造設計が楽しくなる「力の流れ」の読み方/つまずくポイント解説
③ 【実践編】要注意!「中間層・一本部材・節点同一化」の勘所
では実際に計算モデルを作る際に、便利な機能であるがゆえに、使用する際に注意が必要なコマンドや設定についていくつか見ていきたいと思います。
・中間層の扱い
スキップフロアや中二階など、階高の途中に床レベルや屋根レベルが存在する建物はよく存在します。一貫計算でのモデルでも見た目上は簡単に中間層を作れてしまいますがその後の設定には細心の注意が必要です。安易に見た目だけで完成したと思ってしまうと、主架構を構成する柱の中腹に、地震力が直接作用させたり、床や梁の取り付いていない柱に不自然な応力の変化が発生するといったことが起こりがちです。
地震力の発生の仕方や、地震力算定用の荷重としてどこの層に含むのか、保有水平耐力の算出の仕方、剛床を解除するといった設定を忘れずに行いましょう。
中間層は、全体挙動を乱す要因となり、モデル化の仕方によっては柱に局所的で過大な曲げやせん断力を発生させることもあります。
参考:一貫計算設定の考え方~「非剛床」設定の基本と3つの留意点
参考:構造解析のモデル化の基本~剛床仮定とはなにか/非剛床の事例
・一本部材
「一本部材」の機能は、複数の節点にまたがる部材を一本の連続した部材として定義するものです。例えば、前述したように中間層を追加した場合や、平面的な正規の通り芯以外に多くの通りを設定した場合には柱梁が意図せぬ長さや断面形状・材料で評価されている場合があります。
こちらの設定で応力図のモデル図は変化しませんが、断面性能の認識間違えで剛性評価の誤りがあれば応力は変化しますが、基本的に応力状態が変わるわけではないので、応力と断面算定で評価されている断面性能を確認し、想定通りの断面性能になっていることを確認しましょう。
参考:構造解析のモデル化の基本~断面算定位置と検討用応力の正しい選び方
・節点の同一化
近接する複数の節点を一つの点に統合する「節点の同一化」コマンド。この同一化をすることで元々同一通りでない柱を大梁で繋ぐことができます。複雑な形状を平面的にも立面的に構成するには不可欠なコマンドになります。
便利なコマンドではあるのですがまずモデルを作る段階では、無作為に繋いでいくと意図した柱同士が一方向は繋げても片方向は繋げない、無駄に通りを追加するといったことが発生してモデルデータが汚くなってしまいます。そのようにならないために前述した通り、「計算モデルの設計図」が不可欠になります。
計算モデルをチェックするときの視点としては、応力図が複数の通りに跨ぐことになり、角度によってはベクトル成分での応力値の合算が必要になるので、やや応力のつり合いが見にくくなりますが、そのことを踏まえて力の流れをイメージしましょう。
また立面方向に節点を同一化した場合には、地震力の分担や保有水平耐力の計上がどのようになっているのかを確認するようにしましょう。
・構造スリット
形状とは少し意味合いが異なりますが、構造スリットも色々なバリエーションで設けることができるようになっています。これについても実態の壁の利き方を想定して、剛性増大率や剛域長さをチェックする必要があります。
断面算定や偏心率がOKになればよいといった安易な判断で明確な意図なく設けないようにしましょう。電算の評価とは別に壁として自立てきているのかといった視点も忘れないようにしましょう。
まとめ
今回は、一貫計算ソフトでモデルを作成する上での留意点について解説してきました。
一貫計算ソフトは、現代の構造設計において不可欠なパートナーです。しかし、それはあくまで設計者の思考を高速で計算・可視化してくれる「道具」であり、設計の主体は常に設計者でなければなりません。
- 入力の前に、力の流れを意識した「計算モデルの設計図」を描く。
- 複雑であるからこそ出力された結果を鵜呑みにせず、手計算の感覚と比較・検証する。
便利な機能も、その特性と挙動を理解した上で、自らの「設計意図」を反映させるために使う。複雑な計算結果も、最後は自身の構造力学の知識というフィルターを通してその妥当性を判断する。
この姿勢こそが、ソフトに「使われる」のではなく、ソフトを主体的に「使いこなす」(=設計する)ということです。日々の業務の中でこの思考を繰り返すことが、設計者としての精度と自信を育み、より安全で合理的な建築物を生み出す力になります。
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