構造計算を行う上で、最も基本的かつ不可欠な情報が「荷重」です。実際、構造計算書も建物の荷重を整理するところから始まります。この荷重設定(荷重拾い)が正確にできて初めて、その後の応力計算や断面算定へと進むことができるのです。
しかし、この荷重設定、特に固定荷重の拾い出しは、細かくやろうとすればどこまでも時間をかけられてしまう悩ましい作業でもあります。
今回の記事では、構造計算の根幹である固定荷重に絞り、「どこに力を注ぎ、どこで力を抜くのか」を見極め、効率的かつ正確に荷重を確定させていくための具体的な思考法を解説していきます。
①荷重のヒエラルキー(階層)を意識する
具体的にどのような考え方で進めればよいのでしょうか。最初のステップは、全ての荷重を平等に扱わない「ヒエラルキー(優先順位)思考」を持つことです。
固定荷重の世界観としてまず認識すべきは、「細かな作業にかけた労力が、必ずしも建物の経済性や耐震性の向上に直結するわけではない」という事実です。
例えば、雑壁の正確な寸法、少しの増打ちコンクリート、細かな支持鋼材など、全てを完璧に拾い出そうとすると、それだけで膨大な時間がかかってしまいます。しかし、これらの細かい荷重は建物全体の重量から見ればごく僅かであり、構造計算の結果に大きな影響は与えません。
もともと構造計算は、現実の複雑な建物を計算可能な形に単純化(モデル化)する作業です。荷重の精度だけを細かく追求しても、計算全体の精度が劇的に向上するわけではありません。
もちろん、だからといって荷重表を適当に作っていいわけではありません。荷重表は非常に重要です。その上で、「どの荷重が建物全体に大きく影響するのか」というヒエラルキー(優先順位)を付けて判断することが、効率化かつ本質を掴む鍵となります。
例えば、重量の大部分を占めるRC(鉄筋コンクリート)部分の荷重の精度を上げることはヒエラルキーの上位に来ます。一方で、軽量な仕上げ材の重量は、後からでも調整が効き、大きく外れない値で丸めておけば問題ない、という判断ができるようになります。
まずは「RC部分は大きく捉え、危険側にならない範囲で設定する」といった、適切な”塩梅”を身につけることを目指しましょう。
参考:余裕を持たせすぎ?余力を最適化するシンプルな考え方
②判断力を養う:荷重の比率を把握する
「影響の大きい部分を優先する」と言っても、何が重要なのかを判断できなければ意味がありません。そこで次に、その判断力を養うための具体的な方法を紹介します。
それは、「建物全体の重量に対して、各種荷重がどの程度の比率を占めているのか」をざっくりと把握しておくことです。
構造計算ソフト(例えば一貫構造計算プログラム SS7など)を使えば、地震用重量の内訳として、固定荷重と積載荷重の比率や、床・柱・梁といった部位ごとの固定荷重の比率を確認できます。
これらの数値を意識的に見る習慣をつけることで、
- 鉄骨造とRC造では、荷重の構成比がどう違うのか?
- 床荷重のうち、スラブ自重と仕上げ荷重の比率はどのくらいか?
といった感覚が養われていきます。この感覚こそが、どの荷重を慎重に検討し、どの荷重をある程度丸めても良いかを判断する際の軸になります。
参考:構造図・計算書・コストでの比を使ったチェック
③実践編:重要荷重を能動的に掴みに行く
このように荷重の全体像を把握する感覚が身につくと、次に重要になるのが「他部門との連携」です。待っているだけではなく、こちらから能動的に情報を掴みに行く姿勢が、設計のスピードを大きく左右します。
通常、構造計算に必要な荷重条件は、意匠設計や設備設計の担当者から情報をもらうことになります。しかし、これをただ待っているだけでは、設計はスムーズに進みません。
特に近年の人材不足や物件の大型化により、各部門の担当者も自部門の検討課題がたくさんあります。そんな中で、「構造側で必要な情報の優先順位」をこちらから伝え、設計全体をリードしていく視点が必要になります。
他部門に情報を依頼する際も、「どの程度の精度の情報が必要か」を伝えることが不可欠です。これを伝えないと、相手はよかれと思って数十kg単位の細かすぎる情報を集めようとしてしまい、かえって時間と手間をかけてしまうことになりかねません。相手の作業効率を上げることもチームで設計をしているからには意識しましょう。
「この部分は大まかな重量で大丈夫です」「ここは躯体に影響するので早めに仕様を決めましょう」といったコミュニケーションが、プロジェクト全体のスピードアップに繋がります。
参考:すべての基本「荷重表」と力の流れの始点「RCスラブ」編
④早期に確定させたい具体的な仕様3選
他部門と連携する際には、闇雲に情報を求めるのではなく、特に建物の重量に大きく影響する項目から優先的に調整していくことが重要です。ここでは、特に早期に確定すべき3つの代表的な項目を解説します。
1.屋上やバルコニーの水勾配
水勾配によって何が変わるかというと、スラブ上のコンクリート量が大きく変わってきます。こういったコンクリート量が変化する内容については早期に調整を図るようにしましょう。
荷重を少なくするために、増打ちで勾配を作らないで済むように梁やスラブ自体のレベルに勾配を付けるという方法もありますが、それは躯体の施工を複雑にするというデメリットもあります。
荷重を減らすことはメリットになりますが、それは程度を踏まえて比較して最適な方法を選択しましょう。また勾配は防水の仕様と密接な関係があります。防水仕様によって勾配が決まってくるのと、押えコンt=80mmによる防水仕様だと大きく荷重が増えるので勾配とセットで防水の仕様も早期に把握するようにしましょう。
2.ピットの仕様設定
ピットの仕様は、基礎の設計に大きく影響します。仕様の種類は主に以下の通りです。
- 構造スラブ形式: 躯体で完全に密閉するタイプ。荷重は全て建物の基礎で負担する。
- 土間スラブ形式: 荷重を建物ではなく地面に直接流すタイプ。
- 捨てコン・砂利敷き: 地下水位が低い場合に採用。
- 埋め戻し: そもそもピットを作らない。1階床スラブの荷重を地面に流すことも可能。
これらの選択は、構造設計者が最も詳しく把握している「地盤調査報告書」の地下水位の読み解きが鍵となります。地盤条件を元に最適なピット仕様を提案し、同時に水槽などの範囲も調整してしまいましょう。コンクリートに比べれば比重は小さくなりますが、それでも比重は大きい方に分類されます。
3.設備荷重及びRC基礎
設備機器の中でも特に重量物となるのは、機械設備では「チラー」「受水槽」、電気設備では「受変電設備」「発電機」などです。これらの機器自体の重量はもちろん、「どのように支持するか」も重要です。コンクリート基礎が必要な場合はその重量も加算しなければなりません。鉄骨架台で支持する場合は、構造側で早期にスパンや部材サイズを決め、荷重の流し方とセットで確定させることが、自身の設計スケジュールを楽にすることに繋がります。
参考:機械設備図のチェックの視点
参考:電気設備図のチェックの視点
これらは代表的な項目ですが、大切なのはチェックリスト的に潰していくことではありません。「なぜ、これらの情報を早期に調整する必要があるのか」という趣旨を理解することで、他の項目にも応用が効くようになり、物件ごとに異なる条件に応じて早期に調整した方がよい項目を抽出して柔軟に対応できるようになるはずです。
参考:構造設計が楽しくなる「力の流れ」の読み方/つまずくポイント解説
参考:複数の課題に共通する「本質」の見つけ方
まとめ
今回は、構造設計における固定荷重の条件を効率的に確定させるための思考法について解説しました。
最後に、本記事のポイントを振り返ります。
- 思考のキホン:すべてを詳細に拾うのではなく、建物全体への影響度でヒエラルキー(優先順位)を付ける。
- 判断力の養成:構造計算ソフトなどを活用し、荷重全体の比率を把握する感覚を身につける。
- 実践的な動き方:設計情報を待つのではなく、重要な項目について他部門へ能動的に働きかける。
この3つのステップを意識するだけで、荷重設定の精度とスピードは格段に向上します。日々の業務に追われる中で、つい目の前の細かい作業に没頭してしまいがちですが、一歩引いて「何が本当に重要か」を見極める視点を持つことが、設計者としての成長に繋がります。
まずは次のプロジェクトで、荷重全体の比率を確認するところから始めてみてはいかがでしょうか。
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