【わかりやすい構造設計】絶対変位と相対変位を使い分けることの重要性

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構造解析のモデル化の基本~剛性評価/相対性の評価が重要

こちらの記事でモデル化の基本として剛性について書いてきました。剛性と密接な関係にあるのが変位(変形)です。

構造設計をする中でも非常に重要な要素が変位ですが、その変位の中にも2つ絶対変位と相対変位の概念があります。普段の会話の中では絶対変位と相対変位を使い分けている人は少ないと思います。

今回の記事では絶対変位と相対変位の使い分け方について書いていきます。

目次

①絶対変位とは

絶対変位とは、地球(あるいは地盤)のような動かないものからの変位を絶対変位と言います。

地震時に建物が大きく揺れたときに、建物全体が地盤に対してどれだけ水平方向に移動したか、あるいは垂直方向に沈下したり浮上したものが、その建物の絶対変位として捉えられます。

計算の中でもどこかに動かない基準点を設定すると思いますが、そこからの変位量が絶対変位になります。

②相対変位とは

相対変位は言葉の通り何かと比べての相対的な変位になります。絶対変位との違いとしては動かない基準点に対してではなく、一緒に動くものとの比較になります。

構造設計の中では相対変位による概念が多く使われています。例えば、層間変形角になります。これは建物全体の変位に対して評価するだけでなく、各階の層間変形角に対しての基準が設けてあります。

その層間変形角をベースとした偏心率や剛性率も通りごとや階ごとの相対的な変位に対してのバランスを評価しているものになります。

③絶対変位と相対変位を区分して見えてくること

基本的な概念を踏まえて実務での活かし方のいくつか実例を出していきます

・基準点の確認

任意応力解析系のソフトで解析を行った際に出力される変形は、基本的には節点が元々あった位置からの変位量(絶対変位)が出力されます。この場合に各単体の部材自体の変形をチェックする場合には、絶対変位と相対変位の両方を見ていく必要があります。

例えば小梁の変形を1/250以下になっているかを確認をする際には小梁単体の変形量を見る必要があります。小梁の端部の変位は大梁剛性によって決まってきます。仮に大梁と小梁の交点の変位が3mmだとします。小梁の中央の変位が10mmとなっていた場合には、小梁の剛性によってきまる変位は7mmということになります。

なので、小梁の剛性をどんなに上げたとしても絶対変位は3mmより改善することはできませんが、小梁単体の設計としては問題ないと判断できます。

このように確認したい内容は何を基準に確認すると良いのかを判断するようにしましょう。

・偏心率・剛性率

ルート2を満足させる場合や必要保有水平耐力を算出する際には偏心率と剛性率を使用しますが、ここでも数字を満足させることだけを考えると必ずしも安全側の変更になっていない可能性があります。

偏心率・剛性率はベースに対しての比を使って算出するため、そのベースとなる数値によっては必要以上に悪い数値になることがあります。

全体的に剛性が高く非常に変形が小さい建物があった場合には、数値上は偏心率や剛性率の数値が悪くても、絶対変位が小さいためねじれや一部の層に損傷が集中するようなことは起こりません。

ねじれの方がイメージしやすいかもしれませんが、相対的に見るとねじれていたとしても、実際のねじれ変形量(絶対変位)が小さければ損傷ません。

数値を改善するために、必要以上に耐震スリットを設けたり耐震壁の厚さを薄くすることが必ずしも耐震性を向上させるとは限りません。

参考:偏心率~立体解析との関係

・コンクリートのひび割れ

コンクリートのひび割れの主要な原因の1つとして相対変位があります。コンクリートはひび割れをゼロにするというのは材料の特性上不可能になります。これは絶対変位はゼロにはならないということです。なので目地を設けることでそこに集約します。(相対変位とは違いますが、相対的に剛性を落とすことで集約しています。)

本題の相対変位によるひび割れというのは、基礎梁のように大きなボリュームの取りつく壁のひび割れです。これはコンクリートのボリュームによる乾燥収縮による変位量の違いによるものです。

参考:RCの材料的特徴

・相対変位を活かして力の流れを作る

相対変位が大きくなる場合に、お互いに悪影響を及ぼす(局所的に力が集中する)場合があります。

例えば、鉄骨純ラーメンがほとんどでそこに部分的にRC造の壁式一体になっていた場合には、鉄骨部分は変形してRC壁式部分は変形しないので、接続部がちぎれる(構造力学的にいうとせん断力や引張力作用する)かRC壁式部分にもたれるようになりRC部分が小規模にも関わらず大きな力を負担することになります。その改善策としてEXP.Jを設けるといった手段があります。

逆にRC壁式が大半で、剛性の低い鉄骨が部分的であれば一体に動くようにスラブ剛性を高めることで、相対変位が出ないようにすることで鉄骨部分が力を負担しないようにすることができます。

参考:細い柱(地震力を負担しない部材)の作り方

相対変位をあえて生じさせてそこにダンパーを設置すれば制振構造になります。

このように変位の種類を正しく理解することで力の流れも作れるようになります。こういった基本概念を理解することで、材料や構造特性が違うと反射的になんでもEXP.Jを設けたり、逆にあまり気にせず一体にしてしまうようなこともなく、柔軟に判断ができると思います。

まとめ

今回の記事では、構造設計における「絶対変位」と「相対変位」の違いと、その実務的な活用方法について解説しました。 計算ソフトの結果(数値)だけを追っていると、どうしてもこれらを混同してしまいがちです。しかし、この2つを明確に区別することで、設計の解像度は格段に上がります。

  • 解析結果の精査: 小梁のたわみなど、出力された変位が「絶対値」なのか「相対値」なのかを正しく読み取ることで、過剰な補強や誤った判断を防げます。
  • 数値の罠に気づく: 偏心率や剛性率のバランスが悪くても、絶対変位自体が極小であれば工学的には安全な場合があります。規定値を満たすためだけの「数値合わせ」からの脱却に繋がります。
  • 力のコントロール: 異なる構造種別を繋ぐか、EXP.Jで切るか。相対変位を予測し、コントロールすることで、無理のない構造計画が可能になります。

変位は単なる「チェック項目」ではなく、建物の挙動そのものです。 「この変位は誰(どこ)に対しての動きなのか?」を常に意識することで、より合理的で安全な設計判断ができるようになるはずです。

ご提示いただいた「絶対変位と相対変位」の記事に基づき、知識定着のための〇×クイズを作成しました。 解析ソフトの数値をどう読み解くか、実務的な判断力が問われる内容になっています。

【理解度チェック】知識を定着させる〇×クイズ

この記事の重要ポイント、しっかり理解できましたか?3つの〇×クイズで腕試ししてみましょう!

問題1 解析ソフトで小梁のたわみを確認した際、中央の「絶対変位」が許容値(例:スパンの1/250)を超えていた場合は、小梁単体の剛性が不足していると判断し、直ちに小梁のサイズアップを行うべきである。

解答1 :× 解説:「絶対変位」には、その小梁を支えている「大梁のたわみ」も含まれています。 絶対変位が許容値を超えていたとしても、その原因は大梁が大きく下がっていることであり、小梁単体の変形(相対変位)自体は許容値内に収まっている可能性があります。 その場合、対策すべきは小梁ではなく大梁側になるため、安易に小梁をサイズアップするのではなく、必ず「相対変位」を確認して原因を特定する必要があります。

問題2 建物の偏心率や剛性率などの数値バランスが悪くても、建物全体の剛性が極めて高く、地震時の「絶対変位」が非常に小さい場合であれば、実質的なねじれによる損傷リスクは低いと判断できる場合がある。

解答2 :〇 解説: 偏心率はあくまで剛性の「バランス」を示す指標です。バランスが悪くても、そもそも建物自体が硬くてほとんど変形しない(絶対変位が小さい)のであれば、ねじれによる変形量も微小であり、構造的な被害には繋がりません。数値を合わせるためだけに無理に耐震壁を薄くするなどの調整は、本質的な安全性を損なう恐れがあります。

問題3 剛性の高いRC耐震壁と、剛性の低い鉄骨フレームが混在する建物において、両者の剛性差(相対変位)による悪影響を防ぐためには、必ずエキスパンションジョイント(EXP.J)を設けて構造的に分離しなければならない。

解答3 :× 解説: EXP.Jで分離するのは一つの有効な手段ですが、「必ず」ではありません。もう一つのアプローチとして、剛性の低い鉄骨側とRC壁が一体になって動くようにスラブ剛性を調整することで、相対変位を生じさせない(力をスムーズに流す)という方法もあります。状況に応じて適切な設計判断が必要です。

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