構造計算において、M(曲げモーメント)、Q(せん断力)、N(軸力)は、部材に生じる主要な応力として、誰もが注意深く検討する項目です。しかし、これら3つの応力以外にも、建物の安全性に大きな影響を与える「ねじれ応力」が存在します。
このねじれ応力は、検討から漏れやすく、一度発生すると変形やひび割れなどの不具合に直結しやすい性質があります。
参考:二次部材設計の留意点
今回は、一貫計算では検討されず、見落とされがちな「ねじれ応力」がどのような場面で発生し、構造物がどのように抵抗するのか、そして特に注意が必要な具体的な事例について書いていきます。
① ねじれ応力とはなにか?
ねじれ応力とは、部材の軸線を中心として、雑巾を絞るようにねじる力(ねじりモーメント)によって部材内部に生じる応力です。部材の断面内で、せん断応力として発生します。
もう少し具体的に見ていきましょう。梁(はり)のような細長い部材を想像してください。この梁の片方の端を固定し、もう片方の端に軸線回りの回転力を加えると、梁はねじれます。このとき、梁の内部では、元の形状を保とうとする抵抗力が生じます。この抵抗力が「ねじり応力」です。
ねじり応力は部材の直交方向からの曲げモーメントにより発生し、ねじりモーメントによるせん断力は、通常の鉛直荷重によるせん断力とは作用方向が異なります。
この応力は、部材の断面の外周に近づくほど大きくなるという特徴があります。つまり、部材の中心部分は応力が小さく、外側の部分で最も大きな応力が発生します。
そのため、ねじれによる損傷(ひび割れ)は、部材の表面から発生することが多くなります。
② どのように抵抗するのか?
では、部材はどのようにしてこの「ねじれ応力」に抵抗しているのでしょうか。主に、鉄筋コンクリート造(RC造)の梁を例に、その抵抗メカニズムを見ていきます。
RC造の梁がねじりモーメントを受けると、内部には複雑な応力状態が生じます。コンクリートは圧縮力には強いものの、引張力やせん断力には弱いという性質があります。そのため、ねじれによって発生する引張力により、梁の表面に斜め45度の角度で「ねじれひび割れ」が発生します。
このひび割れが発生すると、もはやコンクリートだけで抵抗することはできません。抵抗の主役は「あばら筋」と「主筋」となります。
あばら筋はせん断力への抵抗が主な役割ですが、ねじれによるせん断力に対しても非常に重要な役割を果たします。ねじれによって梁の側面が引っ張られる力に対し、このあばら筋が抵抗します。
主筋は曲げモーメントに抵抗するのが主な役割ですが、ねじれに対しては、あばら筋と連携して抵抗します。ねじりモーメントを受けると、梁の内部には仮想的なトラスが形成されると考えます。
圧縮材: コンクリート(特に梁の角の部分)、引張材: あばら筋と主筋でのトラスと考えてください。
具体的には、ねじれによって発生した斜め方向の引張力には「あばら筋」が抵抗し、それに伴って発生する軸方向の力は「主筋」が分担します。そして、圧縮力はコンクリートが受け持つという形で立体的な力の釣り合いが保たれ、梁全体としてねじりモーメントに抵抗します。
このメカニズムを成立させるためには、あばら筋を閉鎖型(フックをしっかりと主筋にかけるなどして、完全に閉じている形状)にすることが極めて重要です。あばら筋が開いていると、ねじれによって外側に開こうとする力に抵抗できず、十分な耐力を発揮できません。
※具体的な計算式はRC規準(日本建築学会)の特殊な応力その他に対する構造部材の補強をご参照ください。
ねじれ応力は、梁が負担している鉛直荷重や地震時の応力とは別に負担することになるため、応力を足し合わせて必要鉄筋量を算出する必要があります。
RC梁であれば十分な抵抗形式が形成できますが、H鋼のような開口断面では抵抗形式が成立しないため、ねじれ剛性は極端に低くなります。側面を塞ぐようにプレートを設置することでねじれ剛性を上げることが可能になります。
③ ねじれ応力に注意が必要な事例
実際の設計において、特にねじれ応力の検討が重要となる具体的な事例をいくつか紹介します。
・片持ち梁やスラブが取り付く梁
バルコニーや廊下など、片側だけで支持されるスラブ(片持ちスラブ)、片持ち梁が梁に取り付く場合にはスラブや梁の端部にかかる曲げモーメントが、その梁にねじりモーメントとして作用します。これは、ねじれ応力が発生する最も代表的なケースと言えるでしょう。
梁だけで抵抗するのではなく、連続するスラブや梁を剛接合で設けることで、スラブや梁同士で応力を釣り合わせて抵抗することも可能です。
・梁側面に取り付ける外壁の離れが大きい場合
H鋼はねじれに対しての剛性が低いため、わずかなねじれ応力でも大きく変形して不具合が生じます。鉄骨造の場合には外壁を梁の側面に取り付けることが多いですが、この場合に梁からの離れが大きいと「(梁芯から外壁芯の距離)×(外壁荷重)」のねじれ応力が発生することになります。
ねじれを拘束する小梁や間柱を設けて梁の支点間距離が短くなるようにしましょう。スラブが取り付くような階であれば、スラブが一体となって梁のねじれを拘束するため、スラブの打設後に外壁を取り付ければ問題にならないことが多いです。
参考:鉄骨造の基本を知る~外装材(ALC・ECP・PC)の支持部材
・湾曲した梁(カーブ梁)
デザイン性の高い建物で採用されることがある湾曲した梁(カーブ梁)も、ねじれ応力が卓越しやすい部材です。直線的な梁とは異なり、荷重が作用すると、曲げモーメントとせん断力に加えて、常にねじりモーメントが発生します。そのため、カーブ梁の設計ではねじれの検討が必須となります。
・平面形状や剛性が不整形な建物
建物の平面形状がL字型やT字型のように不整形であったり、偏心率が大きい場合には、地震時に建物全体にねじれが生じます。この建物全体のねじれによって、個々の柱や梁にねじりモーメントが作用します。
・2本杭のフーチング
2本杭とした場合に直交方向の基礎梁から離れた位置に杭を配置することになります。並行する基礎梁が上部に設けられている場合であれば、一般的に基礎梁のねじれ耐力に加え、フーチングの耐力も期待できるため、別途検討の対象外とするケースも多いでしょう。
例えば、外周部に2本杭を配置した場合などには、基礎梁が取り付かずにフーチング単独でねじれに抵抗する必要が出てきます。
・偏心した布基礎
建物の外周部から突出しないように布基礎を偏心させるようなことがあると思います。
その場合には基礎梁にねじれがモーメントが発生します。そのねじれは直交する梁まで伝達する必要があります。
一貫計算ではそういったねじれ応力を曲げモーメントとして直交する梁の端部に特殊荷重で反映します。
これらの事例に共通するのは、「力の作用点が部材の軸心からずれている(偏心している)」という点です。構造設計を行う際には、常にこの「偏心」を意識し、「この力は部材をねじらないだろうか?」という視点を持つことが、思わぬ不具合を防ぐ上で非常に重要となります。
まとめ
ねじれ応力は、曲げモーメントやせん断力ほど頻繁に議論されることはないかもしれません。しかし、その影響は建物の耐久性や安全性に直結します。特に、片持ちスラブや偏心した接合部など、ねじれが発生しやすい箇所をあらかじめ特定し、閉鎖型のあばら筋を適切に配置するなど、設計段階で十分な対策を講じることが不可欠です。特にねじれ剛性の低い鉄骨造においては注意が必要です。
構造計算の基本であるM、Q、Nに加えて、「ねじれ」という第四の応力にも常に意識を向けることで、より安全で質の高い建物を実現することができます。
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