「鉄骨造の基本を知る」シリーズ、今回のテーマは、鉄骨造においては欠かせない「高力ボルト」です。
高力ボルトは、溶接と並んで鉄骨造の接合部に不可欠な要素です。
今回はそんな高力ボルトに関する知っておくべき数値について書いていきたいと思います。
①高力ボルトの耐力に関する数値
高力ボルトの耐力と聞いて、多くの技術者が真っ先に思い浮かべる数値は、すべり係数の『0.45』ではないでしょうか。この数値を理解するために、まずは高力ボルトがどのように力を伝達しているのか、その仕組みから見ていきましょう。
一般的な普通ボルト(中ボルト)が、ボルト軸の「せん断抵抗(部材がズレようとする力に、ボルト自身が耐える力)」と「支圧抵抗(ボルトが孔壁を押す力)」で抵抗するのに対し、高力ボルトは全く異なる方法で力を伝達します。
高力ボルトは、非常に大きな力で締め付けられます。この締め付け力(軸力、張力)によって、接合される鋼材同士が強く圧着されます。このとき、鋼材間に生じる「摩擦力」によって、部材間のズレ(せん断力)に抵抗するのです。これを「摩擦接合」と呼びます。
摩擦力で抵抗するという仕組み上、接合部の耐力を計算する式には、ボルトの断面積ではなく『ボルトの張力』が使われるのです。
すべり係数は、接合面の状態によって変わります。標準的な黒皮材や、サビはあっても浮きサビなどを除去した清浄な状態の摩擦面では、すべり係数は『0.45』 を用います。これは、ボルトの締め付け力の45%までのせん断力に抵抗できることを意味します。
一方で、注意が必要なのが、屋外の架台や錆対策で部材に溶融亜鉛メッキ処理を施した場合です。メッキによって摩擦面が滑らかになるため、すべり係数は『0.40』 に低下します。設計時にはこの低減を必ず考慮しなくてはなりません。
さらに重要なルールがあります。溶融亜鉛メッキを施した部材の接合には、一般的な高力ボルト「F10T」ではなく、「F8T」という種類のボルトを使用します。これは後述する「遅れ破壊」のリスクを低減するためです。メッキ処理の過程で鋼材に水素が侵入し、高い強度を持つF10Tボルトの組織を脆化(ぜいか)させ、もろくしてしまう危険性があるため、一段強度が低いF8Tを使用することで安全性を確保する、という規定になっています。
遅れ破壊とは?
高力ボルトの「遅れ破壊」とは、高い張力をかけられたボルトが、ある時間を経過した後に、何の前触れもなく突然破壊する現象です。荷重が増えたわけでもないのに発生するため、非常に危険な現象とされています。
この破壊は、以下の3つの要因が揃ったときに発生リスクが高まります。
- 高い引張応力: 高力ボルトは常に高い張力で締め付けられている。
- 材料の感受性: 高強度な材料ほど水素に対する感受性が高い(F10T > F8T)。
- 水素の侵入: 鋼材内部に侵入した水素原子が、鋼の組織を脆くする。
水素は、前述の溶融亜鉛メッキの処理工程や、雨水などによる腐食(錆)の過程で発生し、鋼材に侵入します。これが、メッキ部材にF10Tではなく、水素脆化への感受性が比較的低いF8Tを使用する最大の理由です。
②高力ボルトの寸法に関する数値
次に、ボルトを配置するためのプレートの孔径や、ボルト間の距離(ピッチ)に関する数値を見ていきましょう。これらの寸法は、施工のしやすさと、部材が局所的に破壊しないように定められています。
ボルトの孔径(穴の大きさ)
ボルトを通す孔は、ボルトの呼び径よりも少し大きく開けます。これは施工時の作業性を考慮したものです。
一般的に使用するM24以下のサイズではボルト軸径+2mm以下になります。M27以上は3mmと少し大きくなります。これは建築基準法施行令第68条で決められています。
この2mmがどのように決まっている数値かというと、保有水平耐力接合を満足する接合部となることを想定して設定されたものになります。断面欠損が大きくなるとフランジ材が塑性化する前にボルト孔で破断が生じることになり保有水平耐力接合を満足しないことになります。
ピッチ・ゲージと縁端距離
ボルト同士の間隔や、部材の端からの距離にも規定があります。
- ピッチ: 力の方向に沿ったボルト中心間の距離
- ゲージ: 力と直角方向のボルト中心間の距離
- 縁端距離: ボルト中心から部材の端(へり)までの距離
これらの距離には、それぞれ「最小値」と「最大値」が定められています。
- 最小値(これ以上近づけてはいけない)
- 目的:
- レンチなどの締付け工具が入るスペースを確保するため。
- ボルト孔の間に十分な鋼材を残し、引き裂かれるような破壊を防ぐため。
- 目安: ボルト径(d)の 2.5倍以上
- 目的:
- 最大値(これ以上離してはいけない)
- 目的:
- 接合される鋼板同士が密着し、一体として働くようにするため。
- ボルト間でプレートが局部的に座屈(はらみ出すように変形)するのを防ぐため。
- 目安: 接合する薄い方の板厚(t)の 15倍以下
- 目的:
こちらも孔径と同様でこれらの考え方は保有水平耐力接合を満足するための目安となっています。
③施工の確実性を確認する数値
設計が完璧でも、施工が不適切では意味がありません。高力ボルトが正しく締め付けられたかを確認する簡単な視覚的指標が「ねじの余長(よちょう)」です。
ねじの余長とは、ナットを締め付けた後に、ナット面から突き出ているボルトのねじ山の長さのことです。建築工事標準仕様書(JASS 6)では、この余長が「ねじ山1山~6山の範囲」にあることを合格基準としています。
- 余長が短すぎる(1山未満): ボルトの長さが不足しているか、締付け不足の可能性。
- 余長が長すぎる(6山超): ボルトが長すぎる。過剰な締付けでボルトが伸びきってしまった危険性も考えられる。
このシンプルなルールは、適切な長さのボルトが選定され、かつ規定通りのトルクで締め付けられたことを示す重要な証拠となります。
まとめ
今回は、高力ボルトに関する重要な数値を解説しました。
- 耐力の基本: すべり係数 0.45(メッキ時は0.40)
- 材料の選択: メッキ部材には F8T
- 寸法の基本: 孔径は 軸径+2mm~、ピッチは 2.5d 以上、15t 以下
- 施工の確認: ねじの余長は 1~6山
これらの数値の一つ一つに、力学的な裏付けと、過去の事故事例から得られた教訓が詰まっています。
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