「現場溶接」と聞くと、建設現場の状況に左右されやすく、品質を保つのが難しいといったイメージから、「できればボルト接合で」と考える方も少なくないかもしれません。確かに、天候や作業員の技量といった不確定要素が品質を左右し、コストや工期にも影響を与えかねないという懸念は、もっともな意見です。
一方で、あえて現場溶接を選択する「ノンブラケット工法」のように、品質の向上やコスト削減といった明確な意図をもって採用されるケースもあります。
そこで今回記事では、鉄骨造における現場溶接について、そのメリットや課題、そして品質を確保するための具体的な方法を知ることで、印象だけで不採用にするのではなく、どうすれば採用できるのかを考えられるような解説をしていきます。
① 元々の主流は溶接?ボルト接合?
鉄骨造の建物を建てる際、柱や梁といった部材をどのようにつなぎ合わせるかは、構造全体の強度や安定性を左右する非常に重要な要素です。現在、主流となっている接合方法は「溶接」と「高力ボルト接合」です。
かつて鉄骨造の接合で主流だったのは「リベット接合」でした。真っ赤に熱したリベットを穴に通し、ハンマーで叩いて頭部を成形することで部材を固定するこの方法は、熟練の技術を要する上、施工時の騒音が大きいという課題がありました。東京タワーの建設でも、このリベット接合が使われていたことは有名です。
その後、1950年代にアメリカで開発された「高力ボルト」が日本にも導入され、1970年代にはその設計基準が整備されたことで、鉄骨造の接合方法は大きな転換期を迎えます。特に、霞が関ビルに代表されるような超高層建築の時代が到来すると、施工効率や品質管理のしやすさから、高力ボルト接合が急速に普及していきました。
一方で「溶接」は、材料や溶接技術の進歩とともに、現在では優れた接合方法の一つとして広く認知されています。特に、工場であらかじめ部材を溶接しておく「工場溶接」は、管理された環境下で高品質な接合部を安定して作れるため、現在の鉄骨造において中心的な役割を担っています。
このように、鉄骨造の接合方法は、リベットから高力ボルトへ、そして溶接技術の確立へと、より強く、より効率的な方法を求めて進化してきました。
② 現場溶接のメリット・デメリット
工場溶接が品質面で優れていることは確かですが、建設現場で部材を接合する「現場溶接」にも、特有のメリットとデメリットが存在します。
現場溶接のメリット
意匠性が高い: ボルト接合の場合、ボルトを配置するためのスペースや部材の形状に制約が生まれます。一方、溶接は金属同士を直接溶かし込んで一体化させるため、部材同士がすっきりと納まるため、意匠性を重視する建築物にも適しています。
部材の軽量化とコスト削減: 接合のためにボルトやプレートといった副資材を必要としないため、その分の重量やコストを削減できます。一般的にボルトやプレートの数量は主体鉄骨の1~2割程度になります。柱と梁の接合部を「ノンブラケット工法」にした場合には、工場から現場への輸送効率が向上し、全体のコストダウンに繋がる場合があります。
高い気密性と水密性: 金属を溶融させて一体化させる溶接は、ボルト接合のように隙間が生じることがありません。そのため、液体を貯蔵するタンクや配管など、高い気密性や水密性が求められる構造物において、非常に優れた性能を発揮します。
現場溶接のデメリット
品質が作業員の技量に左右される: 現場溶接の最大の課題は、品質が溶接工の技術力に大きく依存する点です。天候、気温、風、作業姿勢といった現場の厳しい環境下で、安定した品質を確保するには、熟練した技術と豊富な経験が不可欠です。
天候による影響と工期の遅延: 雨天時や強風時には、溶接欠陥を防ぐために作業を中断せざるを得ず、工期の遅れに直結する可能性があります。また、低温時には予熱といった特別な措置が必要になるなど、天候に左右されやすい工法です。
熱による変形と品質管理の難しさ: 溶接は高温の熱を加えるため、部材が変形したり、材質が変化したりするリスクが伴います。特に、鉄骨部材は工場での熱処理によって品質が調整されているため、現場での不適切な溶接は、本来の強度を損なう可能性があります。
ノンブラケット工法は、輸送効率などのメリットがある一方で、現場での溶接作業に時間がかかり、高度な技術を持つ溶接工の確保が難しいという側面も持ち合わせています。
現在では職人不足の状況も強まっており、調達力のある施工者が請け負うのかも踏まえて採用を判断する必要があります。
③ 現場溶接の品質を確保するには?
現場溶接が抱える品質面の課題を克服し、そのメリットを最大限に引き出すためには、徹底した品質管理が不可欠です。具体的には、「人」「モノ」「検査」の3つがポイントになります。
- 信頼できる「人」:有資格者による施工
現場溶接の品質は、溶接工の腕にかかっていると言っても過言ではありません。そのため、十分な知識と技術を持った有資格者が作業にあたることが大前提となります。
アーク溶接作業者: 労働安全衛生法に基づく特別教育を修了した者。
ガス溶接技能者: ガス溶接技能講習を修了した者。
建築鉄骨溶接技術検定(AW検定): 設計事務所やゼネコンが主体となって運営する、建築鉄骨溶接に特化した資格。より高いレベルの技術力が求められる現場では、このAW検定の資格保有が必須となる場合があります。
これらの資格は、溶接工が安全かつ高品質な作業を行うための最低限の証明であり、信頼性の指標となります。
- 最適な「モノ」:溶接条件と環境の管理
適切な溶接を行うためには、使用する溶接機や溶接材料はもちろん、作業環境を整えることが極めて重要です。
溶接施工要領書の遵守: 事前に作成された溶接施工要領書には、使用する鋼材、溶接材料、開先形状、溶接姿勢、電流・電圧、パス間温度(溶接を重ねる際の部材の温度)など、最適な溶接を行うための条件が細かく定められています。作業員はこれを遵守し、逸脱しないよう厳密に管理する必要があります。
施工要領書の中には 雨や風を防ぐための養生、適切な予熱による母材温度の管理、十分な明るさの確保など、溶接欠陥の発生を防ぐための環境を作るための内容が不可欠です。
そもそもの溶接施工要領書の中身に設計者、監理者だけではなく、ゼネコンがしっかりと踏み込んで作り混むことが必要です。
- 徹底した「検査」:欠陥を見逃さない体制
万が一、溶接部に欠陥が生じた場合、建物の安全性に深刻な影響を及ぼす可能性があります。そのため、溶接前・溶接中・溶接後と、各段階で欠陥を見逃さない体制を構築することが重要です。
溶接前検査: 開先の形状や角度、ルート間隔(部材間の隙間)などが、設計図書や施工要領書の通りに確保されているかを確認します。
溶接中検査: パス間温度や溶接条件が適切に管理されているかをチェックします。
外観検査: 溶接部の表面に、ひび割れやアンダーカット(溶接部の縁が母材に食い込んでできる溝)、ピット(小さな穴)などの有害な欠陥がないかを目視で確認します。
非破壊検査: 内部の欠陥を確認するために以下のような検査があります
- 超音波探傷試験 (UT): 超音波を内部に送り、その反射によって内部のきずを検出します。
- 磁粉探傷試験 (MT): 磁力を利用して、表面近くのきずを検出します。
- 放射線透過試験 (RT): X線などを透過させてフィルムに写し出し、内部の欠陥を調べます。
これらの検査は、専門の技術者(建築鉄骨製品検査技術者、建築鉄骨超音波検査技術者など)によって行われ、厳格な基準に基づいて合否が判定されます。
近年では、人手不足や品質の均一化といった課題に対応するため、現場溶接にロボットを導入する動きも活発化しています。将来的には、このような先進技術が、現場溶接の信頼性をさらに高めていくことが期待されます。
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