長期荷重に対して部材の断面を検討する際に注目する必要があるのは、耐力が満足していることだけでなく、変形にも注目しなければいけない点は、地震時の検討と同様です。
今回の記事では、長期荷重に対する変形の許容値の考え方や、変形の評価方法について解説していきたいと思います。
① 長期荷重に対する変形の規定値は?
まずは、建築基準法上でどのような規定が設けられているのかを見ていきましょう。
性能要求を満たすための一つの具体的な方法として、告示で以下のように示されています。 平成12年建設省告示第1459号の中では、スパン長に対する部材のせい(高さ)との関係や、梁の長期荷重の作用によるたわみについては、クリープも考慮してスパンの1/250以下とするように、と示されています。ややこの1/250以下という数値が独り歩きしがちな時があります。
建築はそれぞれ条件が大きく異なるため、どんな建物でもこの基準に適合していれば良い、とは当然言えません。
規定値の背景とクライテリア
では、この数値はどのような背景で決まっているのでしょうか?また、この数値を満足することで、どのようなクライテリア(性能基準)を満足していると言えるのでしょうか?
この「スパンの1/250」という数値は、建物の崩壊を防ぐためのものではなく、主に「使用性」を確保するために定められています。具体的には、この最低限の基準を守ることで、以下のような使用上の支障が出ることを防ぐのが目的です。
- 仕上げ材の損傷防止:天井や床、間仕切壁などに著しいひび割れや亀裂が入ることを防ぐ。
- 建具への影響防止:ドアや窓の開閉に不具合が生じることを防ぐ。
- 居住者の不快感の軽減:人が床のたわみを明らかに感じ、不安や不快感を覚えることを防ぐ。
ただし、これはあくまでも最低限の基準です。実務では、より高い品質を確保するために、日本建築学会の指針やJASS(建築工事標準仕様書)に基づき、より厳しい数値を自主的に採用するのが一般的です(例:スパンの1/300)。
また、長期荷重に対する変形において、主に鉄骨造で用いられる既製品の外壁やルーバー、金属屋根などは、製品として許容できる変形値が決まっているものもあります。その条件を見落とさないように、確実にチェックしておきましょう。
② 長期荷重で変形することの問題点は?
建築基準法の中で定められているのは、あくまでも部材の相対的な変形量(たわみ)が主です。しかし、相対的な変形量を満足していれば良いかと言うと、そういったわけではありません。
変形には、相対変形ともう一つの概念として絶対変形という概念があります。
- 相対変形:梁の両端の支点を基準とした、中央部の純粋なたわみ量。部材自体の曲がり具合を示します。
- 絶対変形:建物の初期状態を基準とした、絶対的な沈下量。梁自体のたわみに加え、それを支える柱の沈下なども含まれます。
実際に変形の絶対値が大きくなると、見た目がおかしくなる(建物が傾いて見えるなど)だけでなく、排水勾配が逆になったり、エレベーターのレールが歪んだり、より広範囲の建具の開閉障害や仕上げ材の損傷に繋がることがあります。
RC造において1/250まで変形した場合にひび割れの状態はどうなるのか?
結論から言うと、引張側のコンクリートには多数のひび割れが発生している状態です。RC造のたわみ計算は、コンクリートのひび割れによる剛性低下を前提としています。L/250という変形は、鉄筋が降伏はしていないものの、コンクリートの引張耐力はとうに超えており、ひび割れ幅も目視で確認できるレベル(0.3mm程度かそれ以上)に達している可能性があります。
これは直ちに構造的な破壊に繋がるわけではありませんが、水や空気の侵入による鉄筋腐食など、長期的な耐久性に影響を与える可能性がある状態と言えます。
③ 変形の評価方法
変形の評価で重要なのは、剛性の評価方法と荷重条件です。
地震時の応力分担を算出する際には剛性の相対関係が重要になりますが、長期荷重時の各部材の変形を評価する際には、各部材の絶対的な剛性の評価が重要になります。
剛性評価を全部材に対して細かく行うには非常に労力も掛かることから、一定の係数を使って評価することもよくあります。一般的なスパンや荷重条件に対して、適切な断面サイズが確保できていれば係数をそのまま利用すればよいですが、クライテリアとして留意しなければならないような箇所については、係数が意味する背景を知って、詳細な値を算定する必要があるのかを判断します。
参考:構造解析のモデル化の基本~剛性評価/相対性の評価が重要
積載荷重を地震用で評価して良い理由は?
変形を検討する際の積載荷重としては、一般的に地震用の値を使用します。これは、スラブや小梁用の荷重設定が局所的な重量物を想定したものであるため、スパン全域にそこまでの荷重が掛からないと考えられるからです。部屋全体の平均的な重量を示している地震用を使用する方が、より実態に近いとされています。
ただし、計算が楽になるからと言って、何も考えずにこの値を使用してはいけません。倉庫など、恒常的に大きな荷重が作用することが明らかな場合は、実態に応じた検討としましょう。
変形増大率とは?
鉄筋コンクリート造や木造の長期たわみを評価する上で不可欠な係数です。荷重をかけた瞬間に生じる「弾性たわみ」に、時間とともにじわじわと増加する変形(クリープ)を考慮するために用います。
長期のたわみ = 弾性たわみ × 変形増大率
クリープとは、一定の荷重を受け続けた状態で、時間経過とともに変形が増えていく現象です。RC造ではコンクリートの乾燥収縮も影響します。
RCの場合、スラブや梁といった部材ごとに簡易的な定数が設定されていますが、その数値が安全側すぎると考える場合は、RC規準(建築学会)に示されている「ひび割れによる倍率」「クリープによる倍率」「乾燥収縮による倍率」を個別に算出して、より精緻な変形増大率を算出する方法もあります。
片持ち部材の変形評価で留意することは?
バルコニーや庇のような片持ち部材は、たわみ評価で特に注意が必要です。
- 変形量が非常に大きい:たわみ量はスパンの3乗から4乗に比例するため、少し持ち出し長が伸びるだけで、たわみが急激に増加します。
- 支持元の回転の影響:片持ち梁の先端のたわみは、梁自体のたわみに加え、支持元(取り付け根元)の回転角に大きく影響されます。支持している柱や大梁がたわむ(=回転する)と、その分だけ先端のたわみが大きくなります。
- より厳しい基準値の適用:前述の通り、告示のL/250を満足していてもひび割れは生じます。ひび割れは端部の固定度を低下させ、計算以上に変形する要因となります。そのため、より厳しいクライテリアとして、ひび割れモーメント以下に応力を抑えるといった配慮が必要になる場合があります。
スラブによる剛性増大で留意することは?
長期の変形を計算するうえで影響が大きい係数として、スラブ剛性の考慮があります。梁の剛性を評価する際、床スラブが一体となることでT形梁として働き、剛性が増大します。
簡易的に判断するときには、梁の片側にスラブが付くか、両側に付くかだけで係数を決めがちです。しかし、シビアな検討をする場合には、スラブ厚や取り付くレベル、圧縮応力側として寄与している範囲などを確認した上で、簡易的な係数を使用して問題ないのかを判断するようにしましょう。
まとめ
今回は、長期荷重による変形、特に「たわみ」の考え方について解説しました。
構造設計において、建物の安全性を確保するのは当然ですが、それと同じくらい「快適で、安心して長く使えること」も重要です。法律や告示で定められている「スパンの1/250」という数値は、そのための最低限のラインにすぎません。
仕上げ材の損傷や建具の不具合といった使用上の問題を未然に防ぎ、建物の品質と資産価値を長期にわたって維持するためには、
- なぜその規定があるのかという背景を理解すること
- クリープや支持元の回転など、変形に影響する要因を正しく評価すること
- 必要に応じて、法律の基準より厳しい独自のクライテリアを設定すること
が、構造設計者には求められます。
変形の検討は、単なる数値チェックではなく、建物の品質を大きく左右する重要なプロセスと言えるでしょう。
コメント