【わかりやすい構造設計】PC設計の基本~「PCは高い」は本当?PC設計の基本と可能性

【RC造】

かつて、プレキャストコンクリート(PCa)やプレストレストコンクリート(PC)は、「コストが高い特別な工法」と見なされることが少なくありませんでした。大スパンを飛ばす梁など、建物のごく一部に現場緊張のPC技術が採用されるケースが主だったように思います。

しかし、建設業界を取り巻く環境は大きく変化しました。熟練した現場作業員の確保は年々困難になり、人件費も上昇の一途をたどっています。このような状況を背景に、現場作業を省力化しつつ、工場生産による高品質を確保できるPCa工法の価値が見直され、その採用は着実に広がりを見せています。

本記事では、「PCの発展の背景」「PC設計の法的な扱いとRC造との違い」「設計時の基本認識」という3つのテーマからPC設計の本質に迫り、設計者としての選択肢を広げるための知識を提供します。

① PCの発展の背景:なぜこれまで普及しなかったのか?

PCは、設計の工夫次第で経済性、安全性、耐久性、耐火性、耐震性、遮音性といった多様な性能を、他の材料を付加することなく獲得できる優れた技術です。直線材から美しい曲面、さらには3次元のユニットまで、あらゆる形態を創造する自由度を持ち合わせています。さらに、プレストレス技術を駆使すれば、部材内の応力や変形を設計者が意のままに制御することさえ可能です。

これほど多くの可能性を秘めた技術が、なぜこれまで建築の世界で広く普及してこなかったのでしょうか。

「コストが高い」という根強い先入観

PCが普及しなかった最大の原因として、長らく「コストの高さ」が挙げられてきました。実際には、建設費が厳しいプロジェクトでこそ、トータルコストの削減を狙ってPCが採用されるケースも増えています。

例えば、PCa部材を工場で製作することで、現場での型枠工事や鉄筋工事が大幅に削減され、天候に左右されずに安定した品質の部材を製造できます。これにより、建設工期を大幅に短縮することが可能です。また、高強度コンクリートの使用による部材断面の縮小にも繋がります。

「PCは高い」という言葉は、部材単価だけを切り取った先入観であり、工期短縮や品質向上まで含めたトータルでの経済性を評価すれば、その認識は変わるはずです。

「土木技術」という強固な壁

世界中に架けられた優美なPC橋梁を見てもわかる通り、PCは土木分野で目覚ましい発展を遂げてきました。しかし、その輝かしい実績が、皮肉にも「PCは橋や高速道路の技術であり、建築とは縁遠い」という強固な先入観を生み出してしまいました。

歴史的に見ても、建築と土木の学会や協会はそれぞれの領域で独立して発展し、互いの技術や知見を積極的に交換する機会が少なかったことは否めません。この縦割りの構造が、建築分野におけるPC技術の可能性の探求を妨げ、その普及を遅らせた一因と言えるでしょう。

専門的な「教育機関の不在」

PC構造を体系的かつ専門的に教える機関は、残念ながらほとんど存在しません。多くの大学の建築学科では、RC造や鉄骨造の設計がカリキュラムの中心であり、PCは特殊な構造の一つとして簡単に触れられる程度です。

「設計が複雑である」という誤解

PC設計、特にPCa工法を採用する場合、建築・構造・設備の計画はもちろんのこと、部材の生産計画、運搬計画、揚重計画(クレーン計画)まで、プロジェクトの初期段階からすべてを見通す包括的な知見が求められます。

確かに、通常のRC造や鉄骨造に比べて初期段階での検討事項が多く、設計の難易度が高いと感じられるかもしれません。しかし、これは裏を返せば、プロジェクトの初期に全体最適化を図ることで、後の工程での手戻りやトラブルを未然に防ぐことができるという大きなメリットにもなります。

② PC設計の法的な扱いとRC造設計との違い

PC設計を理解する上で、従来のRC造設計との思想的、法的な違いを把握しておくことは極めて重要です。両者は同じコンクリートを主材料としながらも、その設計は大きく異なります。

日本の建築基準法においては、昭58号建告 第1320号に構造計算ルートを定めています。実務上の設計は、「プレストレストコンクリート設計施工指針」に準拠するのが一般的です。

この指針は、PCに関する最新の研究成果や技術的知見を反映したものであり、確認申請手続きにおいても重要な典拠となります。

部分的に現場緊張のPC梁を使用するような場合には、全体架構については基本的にはRC造の設計ルートに沿っての扱いになります。

PC設計では、RC設計以上に「使用限界状態」の検討が重要になります。使用限界状態とは、建物が大きな損傷を受ける「終局限界状態」に至る前段階で、日常的な使用における快適性や機能性に関する性能(ひび割れ、たわみ、振動など)を評価するものです。

PC構造の設計は、RC造で一般的な「許容応力度設計」とは異なり、主に「限界状態設計法(終局耐力に対する設計)」が用いられます。これは、PC鋼材が高強度であるものの、鉄筋のような明確な降伏点を持たないため、許容応力度の設定が難しいことに起因します。

③ PC設計のクライテリアの基本認識

PC設計に取り組む上で、「クライテリア」を理解することは不可欠です。ここでは、「プレストレス」の原理から、その思想が反映された構造設計法、そして耐震設計における特性までを見ていきます。

コンクリートは、圧縮に強い反面、引張には極めて弱いという弱点を持っています。プレストレスの原理は至ってシンプルで、「あらかじめ(=プレ)、部材に圧縮力(=ストレス)を与えておく」というものです。PC鋼材と呼ばれる高強度の鋼材をコンクリート部材の中に配置し、それを緊張させて定着させることで、コンクリートには常に圧縮力がかかった状態が生まれます。

この状態で、建物自重や積載荷重によって部材に引張応力が発生しても、すでに入っている圧縮力と相殺されるだけで、コンクリート自体は引張られることなく、常に圧縮状態を維持できます。これにより、ひび割れの発生を抑制し、部材の耐久性と剛性を向上させることができます。

参考:RC造設計の本質を知る

プレストレスをどのように利用するかによって、PCの構造設計法は大きく3つに分類されます。対象とする構造物や性能要求に応じて、これらの手法を自由に選択・組み合わせることができます。この選択の自由度こそが、PC設計の面白さであり、合理性を追求できる点です。

  1. フルプレストレスト構造 (Full Prestressing)
    どのような荷重状態(常用時)でも、コンクリート断面内に引張応力が発生しないように、十分な量のプレストレスを与える最も理想的な構造法です。常に断面全体が圧縮状態に保たれるため、ひび割れの発生を完全に防ぎたい構造物、例えばLNGタンク、原子力関連施設、水密性が厳しく要求される水槽やサイロなどに用いられます。
  2. パーシャルプレストレスト構造 (Partial Prestressing)
    通常時(常用荷重時)はフルプレストレスト状態に近い性能を保ちつつ、稀に発生する大きな荷重(地震時やライブロード満載時など)に対しては、コンクリートが持つ許容引張応力度内での引張応力の発生を許容する、より経済的で合理的な構造法です。多くの一般建築物(オフィス、商業施設、倉庫など)や橋梁で採用されており、「通常時はひび割れを許容せず快適性を保ち、地震時などではある程度のひび割れは許容して靭性を確保する」といった設計を可能にします。
  3. プレストレスト鉄筋コンクリート構造 (PRC構造)
    これはRC構造の延長線上にある考え方で、RC部材の性能向上を目的として、補助的にPC鋼材でプレストレスを与えるものです。主な目的は、曲げひび割れの幅や長期的なたわみを制御することにあります。例えば、集合住宅の床スラブに適用することで、小梁をなくしたフラットスラブを実現し、階高を抑えつつ開放的な室内空間を創出するなどのメリットがあります。

PC構造は、耐震設計においても独特な特性を持っています。プレストレスを導入するために使われるPC鋼材は、一般的な鉄筋に比べて降伏点が非常に高く、弾性域(力を取り除くと元の形に戻る範囲)が広いという特徴があります。

この特性により、大きな地震力を受けて部材や接合部が変形しても、まるで部材全体がバネのように、プレストレスの力で元の位置に戻ろうとする「原点指向型」の強い復元力を発揮します。

大地震後、RC造や鉄骨造では「残留変形」が問題となり、継続使用が困難になるケースがありますが、PC造では理論上、この残留変形が非常に小さく抑えられます。これにより、被災後も建物の機能を早期に回復できる「事業継続計画(BCP)」の観点からも非常に有利です。ただし、この自己復元機能に関する挙動はまだ研究開発の途上にあり、今後のさらなる実験による実証が待たれる分野でもあります。

次回以降の記事では具体的な数値や設計時の留意点も交えて解説していきたいと思います。

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