RC造（鉄筋コンクリート造）の構造設計において、耐震壁を有効に活用することは非常に重要です。一般的に、耐震壁が多い建物は耐震性が高いことで知られていますが、その配置や設計方法を誤ると、かえって構造安全性を損なうケースもあります。
そこでこの記事では、「耐震壁は万能である」という思い込みを一旦リセットし、構造計算でどのようにモデル化され、扱われているのかを解説します。耐震壁を正しく評価し、安全な設計に活かすためのポイントを学んでいきましょう。
（なお、建築基準法では「耐力壁」という用語が使われますが、本記事では実務で広く使われている「耐震壁」という言葉で統一します。）
①なぜ重要？耐震壁が持つ「剛性」と「変形特性」の基本
耐震壁は耐力も剛性も高いRC造の壁です。地震力のような水平力を主に負担する重要な部材で、柱や梁で構成されるラーメン架構に比べて「面」で抵抗します。そのため、部材の曲がりにくさを示す指標である断面二次モーメントが圧倒的に大きくなり、地震力の多くを負担してくれるのです。
耐震壁が地震力をしっかり負担してくれると、柱や梁は長期荷重（普段かかっている重さ）を支える設計が中心となり、部材をスリムにできるというメリットもあります。
柱梁のラーメン構造の変形は主に曲げ変形になりますが、耐震壁の変形は主にせん断変形になります。プロポーションの違いから変形の形式が異なります。
言葉の通り、曲げ変形は建物全体がしなやかに曲がるイメージ、せん断変形は箱が平行四辺形に潰れるようにズレるイメージです。このイメージからも、せん断変形の方が変形しにくい（=剛性が高い）ことが想像できるでしょう。
厳密にはどちらも複合的な変形ですが、どちらが支配的になるかをイメージすることが、耐震壁を正しく扱うための重要なポイントです。
また、耐震壁として定義されている構造規定については建築基準法の施行令やRC規準を参照して下さい。
②【最重要】その壁は「耐震壁」か？ 開口部の正しい剛性評価
耐震壁に開口を設けることは、実務上よくあります。（意匠図を見たら申請直前に知らない開口が…という経験、筆者にもあります）
規準の数値だけに注目していると、開口周比が0.4以下であればどんな開口でもよいと考えてしまいますが、本質論としてはこの数値を守ることだけではありません。
この開口周比の0.4以下という数値はどのような意味を持つのかというと、0.4を超えてくると剛性耐力の略算的な低減では、実験や詳細な解析と比べて差が出てくることから0.4を上限としているようです。
耐力と剛性のそれぞれについて考えてみたいと思いますが、せん断耐力については基本的には低めに評価しておけば大きな問題にはならないですが、剛性についてはそうとも言えません。
※耐力については開口に位置によっては正負の加力方向に対しての耐力は大きく異なることは一般に一貫計算には反映されないので設計者で配慮しましょう。
剛性については高くても低くても全体への影響が発生します。なのでできるだけ正確に評価してあげる必要がありますが、以下の記事でも書いていますが、剛性については正確に評価することは難しいです。
参考：剛性の変化とその影響を知る
そこで重要になるのが、その壁を「耐震壁」として扱うのか、あるいは柱・梁に壁がついた「袖壁付きラーメンフレーム」として扱うのか、という大きな判断です。
開口位置が柱や梁に近接している場合や、複数開口があって方立壁ができている場合など、曲げ変形する部材が耐震壁フレーム内に存在しているといないとでは大きく特性が異なってきます。
なので単純に開口周比だけでなく、耐震壁架構とラーメン架構の特性の違いを理解した上でどのような扱いにするのかを判断しましょう。
※ちょっと補足事項：開口を複数設ける場合には包絡開口として評価する場合とそれぞれの開口として評価する方法（規定以上に離れている場合）があります。それについても技術基準解説書にも数値的な目安は示されていますが、圧縮ストラット（壁の中にできる力のつっかえ棒のようなもの）がしっかり形成されるかどうかが重要です。数値基準だけでなく、この力の流れを意識して判断しましょう。
③一貫計算ソフトの「計算対象外」に対する留意点と設計者の配慮
最後に、一貫計算ソフト（電算）を扱う上での実務的な留意点を解説します。
一貫計算では耐震壁の周囲にある柱・梁（枠部材）の曲げ・せん断検討は対象外となりますが、だからといって配慮が不要なわけでは決してありません。
例えば、開口を柱際や梁際に設ければ、その部分は局部的に短柱・短梁となり、脆性的なせん断破壊のリスクが高まります。計算外であっても、設計者の判断でせん断補強筋を追加するなどの配慮が必要です。検定対象外だからと主筋や補強筋を減らしすぎると、想定外の挙動を招く危険があります。
耐震壁の枠部材を小さくして耐震壁に内蔵させる場合の規定もありますが、これも数値を満足するだけでなく規定寸法の柱梁がない場合にはどのような問題があるのかを把握して適切な対応をしましょう。例えば、枠がないと壁のひび割れが壁端まで達するので変形して軸力保持ができなくなるので壁の負担するせん断応力度に余裕を持たせることがあります。
また大きな軸力が生じる壁端部の断面が小さいことに対しては圧縮時に座屈しないように閉鎖HOOP筋を設ける、引張りに対しては端部縦主筋を多めに入れるなどの配慮があります。
壁部材ついては、特に開口の影響については未知な部分が多く実験や研究が引き続き行われており、RC規準の中でも改定が続いている部分なので新しい知見も積極的に取り入れていくようにしましょう。
少し古いですが以下のサイトは開口の影響がイメージできます。
開口の数や位置を考慮した鉄筋コンクリート造の耐震壁の強度・剛性評価方法に関する実験・解析
まとめ：耐震壁の本質を理解し、安全な設計へ
この記事では、RC造設計の要である耐震壁について、その基本的な役割から、開口部の評価、一貫計算ソフトを扱う上での留意点まで、その本質に迫る解説をしてきました。
最後に、安全な構造設計のために設計者が心に留めておくべき、最も重要なポイントを3つにまとめます。
- 耐震壁は強力だが、「バランス」が命である。 その高い剛性ゆえに、配置が偏ると建物全体に「ねじれ」という弱点を生み出します。常に建物全体の剛性バランスを意識することが不可欠です。
- 開口部の評価は、「数値」の先にある「力の流れ」を読む。 開口周比といった規定値は重要ですが、それ以上に壁体内で圧縮ストラットが形成されるかなど、力の流れをイメージすることが本質です。それにより「耐震壁」として扱うか「袖壁付きフレーム」として扱うかを見極めましょう。
- 計算ソフトを「信頼」しすぎず、「使いこなす」意識を持つ。 一貫計算ソフトで「計算対象外」となる部分にこそ、リスクは潜んでいます。短柱・短梁の発生など、ソフトが警告しない部分にも目を光らせ、自らの知識と経験で配慮を加えることが設計者の責務です。
耐震壁を単なる「強い壁」として万能視するのではなく、その特性と挙動を深く理解し、適切にモデル化すること。それが、より安全で合理的な構造設計への第一歩となります。
【理解度チェック】知識を定着させる〇×クイズ
この記事の重要ポイント、しっかり理解できましたか？4つの〇×クイズで腕試ししてみましょう！
問題1 耐震壁は非常に強力なため、建物の片側に集中して配置した方が、その部分が頑丈になり建物全体の耐震性は向上する。
問題2 耐震壁に開口を設ける場合、最も重要なのは開口周比を規定値（0.4）以下に収めることであり、それを満たせばどのような開口でも耐震壁として扱える。
問題3 耐震壁の主な役割は、建物の自重など、日常的にかかり続ける長期荷重を支えることである。
問題4 一貫計算ソフトで「計算対象外」となる部分であっても、設計者は短柱・短梁の発生などを予測し、自らの判断でせん断補強などの配慮を加える必要がある。
解答と詳しい解説
問題1 ：× 解説： 耐震壁を片側に集中させると、建物の「重心」と「剛心」が大きくずれ、「偏心」が生じます。その結果、地震時に建物がねじれるように揺れてしまい、かえって危険になる可能性があります。耐震壁は建物全体にバランス良く配置することが重要です。
問題2 ：× 解説： 開口周比は重要な指標の一つですが、それが全てではありません。開口の位置や形状によって力の流れがどう変わるかを読み解き、その壁を「耐震壁」としてモデル化すべきか、「袖壁付きラーメンフレーム」として扱うべきかを見極める、本質的な判断が求められます。
問題3 ：× 解説： 耐震壁の主な役割は、地震力や風圧力といった「水平力」に抵抗することです。耐震壁が水平力を負担してくれる結果として、柱や梁の設計が長期荷重主体となり、部材をスリムにできるというメリットはあります。
問題4 ：〇 解説： 一貫計算ソフトは万能ではなく、「計算対象外」の部分にこそ短柱・短梁のせん断破壊といったリスクが潜んでいる場合があります。設計者はソフトの結果を鵜呑みにせず、局部的な応力集中などを予測し、自らの判断で安全性を確保する配慮が求められます。
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