【わかりやすい構造設計】偏心率~立体解析との関係

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【構造設計】法改定の背景を知る~意図とは逆に行ってしまった基準運用
こちらで法改定の背景を書いてきましたが今回はそんな改定の中で本来の趣旨とは異なる形で運営されている偏心率について書いていきたいと思います。
偏心率を満足させることが本当に安全なのかを改めて考える機会になれば幸いです。

目次

①偏心率が誕生した背景

重心と剛心が乖離している(剛心が偏っている)建物を偏心していると呼びまる。現状の建築基準法では、規定値以上に偏心している場合、ルート3(保有水平耐力計算)での設計が求められます。その際、必要保有水平耐力を割り増すことで、ねじれに対する安全性を確保することになっています。

この規定が生まれた背景には、過去の地震被害があります。 特に1968年の十勝沖地震(八戸市立図書館の事例など)や1978年の宮城県沖地震において、壁の偏在による「ねじれ」が被害を拡大させた要因の一つと推測されました。

一方で、壁が存在したこと自体が倒壊を防いだ側面もありましたが、「剛性の偏在は構造上不利である」ということが明らかになり、数値的な規制へとつながっていきました。

② 平面解析を前提とした「新耐震」の限界

1981年に施行された新耐震設計法に偏心率は取り入れられました。重要なのは、「この段階では手計算(平面解析)を前提とした評価方法として作られた」という点です。

本来は日本建築学会が10年後にDs値やFesを見直し、改正するはずでしたが何らの改定も行われませんでした。結果的に1995年の兵庫県南部地震をきっかけに改正が行われましたが、特に偏心率については根本的な見直しは行われませんでした。

この時期にWindowsが発売され、コンピュータの進化により一貫計算プログラムが構造計算の主流になりました。

  • 応力解析:偏心の影響を考慮できる三次元立体解析
  • 保有水平耐力計算:荷重増分法

解析技術は進化したのに、法律の基準は「平面解析」を前提としたまま。 ここに、現代の設計実務における大きな矛盾が生じることになります。

こういった矛盾に対しては計算プログラムによって、それぞれの方法で補正がなされることになりました。

③偏心率を満足させることが本当に安全なのか

現在の主流である三次元立体解析では、ねじれによる応力がすでに計算に含まれています。

  • 一次設計(許容応力度計算)の矛盾 立体解析では直交方向のフレームにも応力が生じ、柱には二方向からの力が作用します。本来であれば二方向の応力を合算して検討すべきですが、一般的には一方向の断面算定しか行われていないのが現状です。これは危険側の検討になっている可能性があります。
  • 二次設計(保有水平耐力計算)の矛盾 ここが最大の問題です。立体解析ですでに「偏心による応力割増し」が考慮されているにもかかわらず、計算ルート上、さらに形状係数によって必要耐力を割り増すことになります。 つまり、偏心の影響を「二重に」考慮している(過剰設計を強いられる)ことになるのです。

手計算時代の名残である基準と、現代の解析技術の不整合。 これに加え、非剛床がある場合の偏心率算定の妥当性など、課題は山積しています。

一時期は、この矛盾に対し工学的判断による柔軟な運用(割り増し不要の判断など)が認められていたこともありました。しかし、耐震偽装事件を契機に審査が厳格化され、「割り増しを不要とすることは違法」とされ、技術者の裁量が封じられてしまいました。

実際に背景を知らずに設計すると、偏心率を改善するためだけに耐震壁を撤去したり、過剰に耐震スリットを設けるといった不適切な設計が生じることがあります。これらの設計は本当に安全側の設計になっているのでしょうか?

壁を減らして偏心率を良くした建物と、偏心していても壁が十分にある建物。 これまでの地震被害の実証を見る限り、壁の多い建物の耐震性が高いことは明白です。また、偏心していても、全体の剛性を高くして「ねじれる量」自体を小さくすれば、問題は軽減されます。

こうした歴史的背景と技術の進歩によるギャップを理解することが表面的な基準遵守だけでなく、本当に安全で信頼できる建物を設計するために不可欠です。常に最善の耐震性能を追求する視点を持つことが求められています。

まとめ:偏心率は「目的」ではなく、安全を確認するための「一つの指標」

今回の記事では、構造設計における重要指標である「偏心率」について、その成り立ちから現代の解析技術とのギャップまでを解説しました。 数値合わせのパズルに陥るのではなく、以下の視点を持つことが重要です。

  • 歴史的背景の理解: 偏心率の規定は、かつての「手計算(平面解析)」時代に、計算できないねじれの影響を補正するために作られたものであり、現代の3D解析とは前提が異なることを認識する。
  • 二重評価の矛盾: 3D解析では既にねじれ応力が計算されているにもかかわらず、さらに必要耐力を割り増す(Fes)という「二重の安全率」が課されている現状(過剰設計の側面)を理解する。
  • 本質的な安全性の追求: 偏心率の数値を良くするために耐震壁を減らすのは本末転倒です。「数値が良い建物」ではなく、全体の剛性を高めて「ねじれ変形自体を小さく抑える建物」こそが、真に地震に強い建物であることを忘れてはいけません。

【理解度チェック】知識を定着させる〇×クイズ

この記事の重要ポイント、しっかり理解できましたか?3つの〇×クイズで腕試ししてみましょう!

問題1 建築基準法における「偏心率」の規定は、1981年の新耐震設計法の導入時に定められたものであるが、その数値基準や評価方法は、当時の主流であった「手計算による平面解析」を前提として設定されたものである。

解答1 :〇 解説: 偏心率の規定は、コンピュータによる立体解析が一般的ではなかった時代に作られました。当時の平面解析では「ねじれ」を直接計算できなかったため、係数を用いて割り増し評価するために導入されたという歴史的背景があります。

問題2 現在の一貫計算ソフトの主流である「三次元立体解析」を用いて応力解析を行う場合、重心と剛心のズレによる「ねじれ応力」は解析結果(各部材の応力)に既に反映されているため、保有水平耐力計算において形状係数(Fes)を用いて必要保有水平耐力を割り増すことは、偏心の影響を「二重に」考慮していることになる。

解答2 :〇 解説: 立体解析では、ねじれによって部材に生じる付加応力が計算されています。しかし、現行法規ではさらに偏心率に応じた割増係数(Fes)を乗じて必要耐力を算出することが求められるため、実質的に偏心の影響を二重にカウント(過剰に安全側へ評価)しているという矛盾が生じています。

問題3 偏心率が規定値(0.15など)を超えてしまった場合、建物のねじれを解消するために、剛心が偏っている側の耐震壁をあえて「削除」または「スリットを入れて剛性を下げる」ことで偏心率を改善する手法は、建物全体の剛性は低下するものの、バランスが良くなるため、耐震工学的に最も推奨される安全な設計方針である。

解答3 :× 解説: 数値を合わせるために壁を減らすのは本末転倒です。過去の震災被害を見ても、偏心していても壁量が多く剛性が高い建物は倒壊を免れています。 壁を減らしてバランスだけ良くした「柔らくて弱い建物」よりも、偏心していても「硬くて強い(ねじれ変形量自体が小さい)建物」の方が耐震性は高くなります。安易な壁の削除は避けるべきです。

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