【構造設計コラム】構造設計の「しんどさ」は「完璧主義」のせい? やりがいを見出すための思考法

  • URLをコピーしました!

仕事柄、社内の若手や先輩方だけでなく、社外の技術者、さらには構造設計を目指す学生の意識に触れる機会が多くあります。

そんな中で、「構造設計」という仕事への捉え方をほんの少し転換するだけで、この仕事はもっと楽しく、そして気持ちも楽に取り組めるはずだと強く感じることがあります。

構造設計は、時に「難解だ」「答えが一つに決まらないと不安だ」「責任が重い」と感じられがちな分野かもしれません。

20代~30代の期間は成長していく中でやりがいを感じる一方で、思っていた以上にしんどいから退職を考える人も多くいるというのが現実です。こういった現実を少しでも変えられればと思っています。

そこで今回の記事では、構造設計とは本質的にどのような世界観なのか、そして私たちが日々直面する課題に前向きに取り組むための「捉え方」について解説していきます。

目次

① なぜ構造設計に「完璧な答え」は存在しないのか?

構造設計の業務には、膨大な量の構造計算書の作成、その根拠となる多くの規準書(建築基準法、各種指針、学会規準など)の読解、そして最後にはその成果を第三者が審査する「確認審査」や「適合性判定」が伴います。

計算によって具体的な数値(応力、変形、部材断面など)で表現されること、規準に沿った検討方法が示されていること、そして確認審査では「指摘」に対して「回答」という形で是正を求められること。

これらは、あたかも「唯一無二の完璧な答え」がどこかに存在し、それを導き出すことができる世界観だと錯覚させる要素に満ちています。

「明確な答え」を求める心理

そもそも構造設計の道を選ぶきっかけとして、「元々数学や物理といった理数系の科目が得意だった」という人は多いのではないでしょうか。

もちろん、数値的な感覚や論理的思考は構造設計を行う上で非常に重要な能力です。しかし、その意識の中には「アートやデザインのような曖昧な課題に比べて、工学は明確な答えがある分野で良い」という感覚が混在している場合も少なくありません。

学生時代のテストでは、必ず「正解」がありました。しかし、実務の設計はテスト問題を解くこととは根本的に異なります。

構造設計の世界に「完璧な答え」は存在しない

大前提として「完璧な答えはない」という事実を認識する必要があります。そのことを認識するだけでも肩の力は良い感じに抜けると思います。

なぜなら、私たちが設計で対象とする地震動や風圧力といった外力(自然現象)自体、そもそも「次はこれくらいの強さで、こんな揺れ方・吹かれ方をします」と決まったようなものではありません。あくまで過去のデータに基づいた「想定」です。

また、設計図書に基づき、現場で躯体をどれだけ精度良く施工していただいても、ミリ単位のズレも許さない「完璧」な施工は現実的ではありません。コンクリートの強度や鉄筋の材質といった材料の強度自体にも「ばらつき」があります。

規準書に書かれている安全率や各種の係数は、これら全ての「不確定要素」を飲み込んだ上で、社会が許容できる安全性を確保するために設定されたルールに過ぎません。

つまり、構造設計とは、これらの無数の「不確定要素」を相手にしながら、工学的な判断を下していく仕事になります。

第一線で活躍している方々でもわからないことも一杯あるし、わからないことをより知りたいと思うことが長年活躍することにも繋がります。

「完璧な答え」は、どこまで追い求めても存在しません。ありもしない幻の「完璧」を追い求め、細かい数値の末尾を合わせ込むことだけに疲弊していくことほど、辛いことはありません。

また、もう一つ誤解があります。経験を積み重ねていけば、すべてが理論的に理解できるようになるわけではありません。実は、「すべてを完璧に理解していること」と、「実務においてスラスラと適切な方針を出せること」は、似ているようで全く別の能力なのです。

「判断力」というのはただ知識や経験を増やすだけでなく、「大局観」を持って実践場面で判断していく中でしか身につきません。実は、知識や経験がないから判断ができないのではなくて、判断する中でしか判断ができるようになる知識や経験は身につかないのです。

最終的な決断にも絶対はなくて最後は最善を尽くしたうえでこれで進もうという覚悟しているだけに過ぎません。

参考:計算の「わかったつもり」から脱却/成長の壁を壊す”言語化”の思考法
参考:構造設計者(エンジニア)は未知課題に謙虚に向き合うことが不可欠
参考:建築構造設計の世界を知る~自然の未知をどう掴むか
参考:生産性が劇的に向上!「考えているフリ」から脱却し成果を出す思考習慣
参考:判断と決断を分ける技術~仮説思考で“判断”の質を上げる

②100点満点より「実現」すること/それが最大の成果

「完璧な答えがない」からといって、デタラメな設計をして良いわけではもちろんありません。

完璧な答えがない世界で設計者が目指すべきなのは、「限られた条件の中で、現時点での最良(ベター)な答えを出す」ことです。

どんなに経験豊富で優秀な設計者であっても、あらゆる条件の中で、時間や能力(知識)は有限です。設計とは、常にその限られたリソースの中で「最適な答え」を出すことに注力する行為です。「限られた条件」とは、例えば以下のようなものがあります。

  • 安全性:最も優先される絶対条件(法令・規準の遵守)
  • 経済性:施主が求めるコスト
  • 意匠性:建築家が求めるデザインや空間の実現
  • 施工性:現場で実際に建設可能か
  • 工期:定められたスケジュール

これらの条件は、しばしば互いに相反します。
また社会的に注目されがちなのは意匠性の部分かもしれませんが、設計事務所の基盤になるのは安全性(法令・規準の遵守)と経済性の部分です。この2つは設計事務所の存在意義だし、この部分の力がなければ実現に至ることができません。

「間に合わないから」「能力的に自信がないから」といって、危険な建物を世に送り出すわけにはいきません。もし判断に踏み切れない場合、設計者が取りうる最後の手段は「安全率を極端に高める(=部材を過大にする)」しかありません。しかし、それは不経済で、合理的とは言えません。それが設計者の力量の差とも言えます。

完璧な100点満点の答えになっていなくても、あらゆる条件の中で70点や80点であっても実現したということがまずは最大の成果です。まずはそのことに喜び自分のことも評価することが大切です。

現実的には評価というのは見る人や時代によっても変化するものです。なのできちんと評価を受け止めて次に繋げていこうとする意識が構造設計を続けるための原動力になります。

参考:幅を持って安全性をデザインしていく
参考:異常気象・地震に備える「フェイルセーフ」という考え方

③ 経験を「次」に繋げる力が、やりがいを深化させる

構造設計者としての人生は、2年や3年で終わるような短いものではありません。始めたからにはどんな形であってもできるだけ長く続けてもらいたいと思っています。

まだ構造設計を始めてからは十数年しか経っていませんが、自身の成長に応じてやりがいは深化していきます。

その長い設計活動を充実させていくために必要なのは、短期的な成果(=完璧な設計)ではなく、前回の設計を踏まえて次ではもっとより良いものを作っていくという長期的な充実感(成長実感)です。

もし、「限られた条件の中で、あそこが上手くできなかった」「コストを下げられなかった」「あの部分の判断に自信が持てなかった」という「できなかったこと」だけに照準を当ててしまうと、どうなるでしょうか。

次の案件に向かうとき、「また上手くできるだろうか?」「次も辛い思いをするのではないか」といったマイナスな気持ちや思考が、経験を重ねるごとに心の中で占める比率が高くなっていきます。

そして、そのネガティブな感情が自身のキャパシティを超えてしまったとき、「この仕事は向いていないのかもしれない」と離職という判断に至ってしまうのだと思います。

そうならないために、物事の捉え方を少しだけ変えてみましょう。

「限られた条件の中で、アレもコレもできなかった」と捉えるのではなく、「今回はここまでできた」という「前進した部分(できたこと)」に照準を当てるのです。

  • 「前回は分からなかった、この規準の意味が理解できた」
  • 「意匠担当者と粘り強く交渉し、この部分の合理化は達成できた」
  • 「時間内に、大きな手戻りなく計算書をまとめ上げることができた」

どんなに小さなことでも構いません。その「前進」を自分で認識し、評価することです。

そして、「次は、どの部分をもう少し前進させようか」と考えることで、次の案件に向かう気持ちが格段に前向きになっていきます。

完璧な設計など誰にもできません。昨日の自分より半歩でも前に進んでいれば、それは素晴らしい成長です。

参考:デキる人は「仮説」から調べる/成長を加速させる調べる技術
参考:設計根拠のおさえ方/学びなおしのススメ

まとめ

構造設計は、自然という不確実なものを相手にし、多くの制約の中で「最良の答え」を探し続ける仕事です。

「完璧に理解できない」部分が常につきまとうからこそ、AIや計算ソフトが自動で答えを出してくれるわけではなく、構造設計者の「工学的判断」や「経験」が活きてきます。

それこそが、構造設計という仕事の難しさであり、同時に、他の何にも代えがたい「やりがい」であり「面白さ」になります。実際にまったくしんどいと感じることがないという人はいません!と言い切れると思います。そう思うだけでも、気持ちは楽になると思います。

この記事が、日々の業務に奮闘する構造設計者や、これからこの道を目指す方々の気持ちを、少しでも軽く、前向きにする一助となれば幸いです。

ロードマップ関連記事

  • URLをコピーしました!
目次