構造解析のモデル化の基本シリーズでは主に一貫計算に関する内容について解説してきました。
1次設計に関する基本的な内容としてこれまで6つのテーマで構造解析のモデル化を解説してきましたが、今回はそれらを総まとめし、モデル化の本質と実践的な思考法をより深く掘り下げます。
「構造解析のモデル化」の基本として、その背後にある本質的な考え方について、以下の6つのテーマに沿った記事になります。
はじめに:なぜ「モデル化」は構造設計の要なのか
建築物の安全性を担保する構造設計。その根幹をなすのが「構造解析」です。地震や台風といった強大な自然の力に対し、建物がどのように振る舞い、耐えうるのかを科学的に予測することが構造解析の役割です。
しかし、現実の建物のすべてを解析で再現することは、現代の技術をもってしても不可能です。あまりに複雑すぎる情報は、かえって問題の本質を見えにくくしてしまいます。
そこで不可欠となるのが「モデル化」です。モデル化とは、複雑な現実世界(建物)から、その挙動に最も大きな影響を与える本質的な要素だけを抽出し、計算可能なシンプルな形に置き換えることです。それは単なる簡略化とは違って、どの要素を残し、どの要素を捨象するのか。その判断の一つ一つに、設計者の経験と工学的な知見が求められます。
1. 線材モデル:すべての基本となる「骨格」への置き換え
構造解析の最も基本的なモデルが「線材モデル」です。これは、実際の建物が持つ幅や奥行きといった3次元的な形状を、数学的に扱いやすい「線」と「節点」の集合体として表現する手法です。
- 柱・梁 → 線材: 建物の骨格をなす柱や梁は、その中心線(材軸)である「線材」としてモデル化されます。この線材には、実際の部材が持つ断面積、断面二次モーメント(曲がりにくさ)、ヤング係数(材料の硬さ)といった物理的な情報が「剛性」として与えられます。
- 部材の交点・支点 → 節点: 柱と梁が交わる部分や、建物が地面と接する部分は「節点」としてモデル化されます。解析上、外力や荷重はこの節点に作用するものとして計算され、部材を伝わって生じる応力や変位も、この節点を基準に算出されます。
この線材モデルを用いることで、構造計算は飛躍的に単純化されます。しかし、この単純化の過程で、いくつかの重要な判断が必要になります。例えば、柱と梁が接合する部分(剛域)をどの程度の長さで考慮するのか、地面と接する支点の条件をどう設定するのかがあります。
モデル化の本来の目的は、唯一無二の「正解」のモデルを作り上げることではありません。むしろ、様々な可能性を考慮し、複数のモデルで安全性を検証することで、より信頼性の高い設計へと至ることこそが真の目的です。
例えば、まずは非常にシンプルなモデルで建物全体の大まかな挙動を把握し、次に詳細な検討が必要な部分を特定して、その部分だけモデルの精度を上げていく。このような段階的なアプローチが、効率的かつ合理的な設計を可能にします。
2. 剛床仮定:なぜ剛床仮定を採用するのか
線材モデルと並んで、構造解析で最も頻繁に用いられる仮定が「剛床(ごうしょう)仮定」です。これは、「床スラブは水平方向に対して非常に硬く、地震や風などの水平力を受けても床自体が変形(面内変形)することはない」と仮定する考え方です。
この仮定を置くことで、同じ階の柱や壁は、一体となって同じ量だけ水平に移動する(平行移動する)と見なすことができます。これにより、計算モデルの未知数が大幅に減り、コンピュータの計算負荷を劇的に軽減できます。特に、コンピュータの性能が限られていた時代において、この剛床仮定は構造計算を実現するために必須でした。
現代においても、計算の簡略化は、設計者がより本質的な部分に思考のリソースを集中させることを可能にします。
しかし、以下のようなケースでは、剛床仮定が成り立たず、床の変形を考慮した「非剛床」としてモデル化する必要があります。
- 金属折板屋根など、面内剛性の低い床: 工場や倉庫でよく見られる金属製の屋根は、コンクリートスラブに比べて面内での変形が大きく、剛床とは見なせません。
- 大きな吹き抜けがある床: アトリウムや階段室など、床に大きな開口部がある場合、床の剛性は著しく低下し、一体としての挙動を示さなくなります。
- 平面形状が細長い、あるいはL字型などの不整形な建物: 建物の平面形状が複雑な場合、地震時にねじれが生じやすく、床の各部で水平変位が異なるため、剛床仮定は実状と乖離します。
- 山形ラーメンやトラス梁: 屋根の形状によって水平方向の力(スラスト)が発生する山形ラーメンや、部材の軸力で力を伝えるトラス梁などは、床の変形を考慮しないと応力を正しく評価できません。
設計者は、剛床仮定の原理とメリットを理解すると同時に、その限界を見極め、設計する建物の特性に応じて非剛床としてモデル化する判断力を持つことが求められます。
3. 支点条件:建物の「足元」をどう仮定するのか
建物が地面に接する部分は、上部構造からのすべての力を最終的に地盤に伝える、極めて重要な箇所です。構造解析モデルにおいて、この部分は「支点」として表現されます。支点条件の仮定は、建物全体の応力状態や変形に大きな影響を及ぼします。
支点条件は、主に以下の3種類に分類されます。
- 固定支点: 水平・鉛直方向への移動も、回転も、すべて拘束された支点。
- ピン支点: 水平・鉛直方向への移動は拘束されるが、回転は自由な支点。
- ローラー支点: 回転は自由で、特定の一方向(通常は水平方向)への移動も自由な支点。
※ここで言う「固定」とは、回転角や変位がゼロになることを意味します。
基本的な支点の条件はゼロか100かの極端な支持条件になっていることがわかります。なので、この3種類のモデルの間を表現する支点をモデル化することも可能です。
一般的な一貫構造計算では、特別な理由がない限り、建物の最下層の支点は「ピン支点」としてモデル化することが原則とされています。
一貫計算で支点をピンとするのは、告示で示唆されている通り、一般的な地盤調査ですべての地盤ばねを正確に設定することは困難であり、地盤ばねを考慮しなくても問題ないとされているためです。また、基礎梁部分は地上階に比べて剛性・耐力共に高い部材で構成されるため、現実には支点ごとに多少の変形差が出ても応力を分配できるということも加味しての判断になっていると思います。
ただし、なんでもピン支持で検討しておけば良いわけではありません。耐震壁下の杭のように大きな引抜力が発生する支点では、ピン支点だけでなく、支点の浮き上がりを考慮したばね設定の場合との比較が必要になってきます。支点の状態によって上部構造の応力は簡単に変化するため、不確定要素が多い地盤部分については安全率を見つつ、都合のよい条件だけを採用しないようにしましょう。
4. 剛性評価:絶対値よりも「相対的なバランス」が重要な理由
「剛性」とは、部材の変形のしにくさを表す指標です。構造解析において、各部材の剛性をどのように評価するかは、応力解析の結果を左右する最も重要な要素の一つです。建築基準法に関連する告示では、「剛性は建物の実況に応じて適切に設定すること」とされ、その評価は設計者に委ねられています。
剛性に影響を与える主な要素は、部材の断面積や断面二次モーメント、ヤング係数、そして部材の長さです。しかし、実際の建物では、コンクリートのひび割れや、柱と梁の接合部(剛域)、耐震壁やスラブの存在など、さらに多くの要素が複雑に絡み合います。
ここで理解すべき最も重要な点は、応力解析において重要となるのは、各部材の剛性の「絶対値」そのものよりも、部材間の「相対的な剛性のバランス(剛性比)」です。
地震力などの水平力は、建物の各階において、柱や壁の水平剛性の比率に応じて分配されます。つまり、硬い(剛性が高い)部材ほど、より多くの力を負担します。仮に、建物全体の剛性をすべて2倍にして計算したとしても、各部材が力を分担する比率は変わらないため、応力解析の結果(各部材に生じる力の大きさ)はほとんど変わりません。なので、全体で統一した方針で各部材の剛性を評価することが重要です。
この「相対性」の理解は、設計において極めて重要です。例えば、特定の柱に力が集中しすぎている場合、その柱の断面を大きくして剛性を上げるという対策は、必ずしも有効とは限りません。なぜなら、その柱の剛性を上げた結果、かえってより多くの地震力を負担することになり、問題が解決しない、あるいは悪化することさえあるからです。このような場合は、むしろ周辺の梁の剛性を上げる、あるいは耐震壁をバランスよく配置するなど、建物全体の剛性バランスを調整することが求められます。
ただし、建物の「変形量」を評価する場合は評価の視点が異なります。全体の剛性を高く評価すると変形量が小さくなり、危険側の評価となる可能性があります。
剛性評価は不確定要素が多い分野です。数値を細かく合わせ込むことに固執するのではなく、建物全体の挙動を大局的に捉え、適切な剛性バランスを探求することが、合理的で安全な設計の本質と言えるでしょう。
5. 柱梁接合部:地震に耐えるための「要」、その歴史とモデル化
建物の骨格をなす柱と梁。それらが交差する「柱梁接合部」は、地震時に建物が一体として抵抗するための、まさに「要」となる部分です。この接合部の重要性が広く認識されるようになったのは、1995年の阪神・淡路大震災が大きなきっかけでした。この震災では、柱や梁そのものは破壊に至らなくても、接合部が先行して破壊されることで、建物の崩壊につながる事例が数多く報告されたのです。
地震時には、接合部に曲げモーメント、せん断力、軸力といった複雑な力が集中します。もし接合部がこれらの力に耐えられず、柱や梁よりも先に破壊されてしまえば、建物は本来の耐震性能を発揮することができません。そのため、現代の耐震設計では、「接合部が先行破壊しないこと」が基本原則となっています。
この重要な柱梁接合部ですが、構造解析のモデル化においては、一般的に変形しない完全な剛体「剛域(ごういき)」として扱われます。これには明確な理由があります。
- 基準による性能担保: 現行の建築基準法や各種設計規準では、接合部の鉄筋量やコンクリート強度などが仕様規定として定められており、その性能が十分に確保されていることが前提となっています。
- 安全側の設計: 接合部を剛域とすると、その分、接続される柱や梁のモデル上の長さ(計算長さ)が短くなります。部材は長さが短いほど曲がりにくく(剛性が高く)なるため、結果として柱や梁により大きな応力が生じると計算され、安全側の設計につながります。
- 計算の簡略化: 接合部の複雑な応力状態や変形を忠実にモデル化することは、計算を非常に煩雑にします。剛域と仮定することで、モデルを大幅に単純化できます。
6. 断面算定:解析結果を「正しく翻訳」する最終工程
構造解析によって算出された応力は、あくまで線材モデルという仮想の骨格に生じている力です。この解析結果を基に、実際の部材(柱や梁)がその力に耐えられるかどうかを検証する作業が「断面算定」です。
一般的に、長期荷重(建物の自重など、常に作用している力)に対しては、解析モデルの「節点」で算出された応力がそのまま用いられます。一方、短期荷重(地震や風など、一時的に作用する力)に対しては、柱と梁が取り付く面、すなわち「柱面」や「梁面」の位置での応力が用いられます。
なぜ、このように評価位置を使い分けるのでしょうか。これは、日本建築学会のRC規準などに示されている工学的な知見に基づいています。地震時のような大きな力が作用した場合、柱と梁が一体となって抵抗する接合部(剛域)は非常に強固であり、その内部で部材が破壊することは考えにくいとされています。
部材が破壊に至る可能性があるのは、この強固な剛域から出てきた直後の、純粋な柱や梁の部分です。したがって、最も厳しくなるであろう柱面や梁面の位置で応力を評価し、その位置で部材が安全であることを確認するのが、最も合理的であると考えられているのです。
さらに、設計者はこの原則を機械的に適用するだけでなく、より実状に即した判断を加える必要があります。例えば、梁に非常に大きな袖壁が取り付いている場合を考えてみましょう。解析モデル上、応力は梁の部材に集中していると計算されますが、実際の建物では、その力の一部を袖壁が負担します。このような場合、解析で算出された柱面の応力をそのまま採用して断面算定を行うと、過大な鉄筋量が必要となり、非合理的な設計になりかねません。
このようなケースでは、壁の端部など、より現実に近い応力状態となっていると判断される位置まで評価点を移動させる(応力低減する)といった補正を行います。モデル化によって単純化された世界と、現実の建物の挙動とのギャップを、設計者の工学的判断によって埋めていくことが、設計の本質と言えます。
結論:モデル化とは、設計者の「思考の軌跡」そのもの
本記事を通して、構造解析のモデル化が、単に計算を楽にするための便宜的な手法ではなく、建物の安全性と合理性を追求するための、奥深い思考プロセスであることを解説してきました。
線材モデルによる骨格の抽出、剛床仮定や支点条件といった仮定、そして剛性や応力の評価。これら一つ一つの仮定は、独立しているわけではありません。すべてが関連し合っています。設計者は、モデル化の各段階で、「なぜこの仮定を置くのか」「この設定はどのような影響を及ぼすのか」「他に考えられる可能性はないか」と自問自答を繰り返すことが求められます。
参考:直感が置き去りにならない一貫計算との付き合い方
参考:構造設計者(エンジニア)は未知課題に謙虚に向き合うことが不可欠
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