現在では一貫構造計算ソフトが発達し、自ら杭の計算書を作成する機会も増えましたが、依然としてメーカーに検討を依頼して検討書を作ってもらう場面も多くあります。
メーカーは設計者を「お客様」として非常に丁寧に対応してくれますが、それに甘えて検討を丸投げするのは設計者として避けなければなりません。
杭の設計は、建物のコストと安全性を左右する重要な業務です。 この記事では、杭メーカーへの依頼で手戻りを防ぎ、コストと安全性を両立した「良い設計」を実現するためのポイントを、「準備・実践・思想」の3ステップで徹底解説します。(特に、実務で広く用いられる「弾性支承梁法」による静的解析を念頭に置いています)
①準備編 – 「手戻り」を防ぐための情報伝達
精度の高い検討書を作成してもらうには、依頼前の「準備」が最も重要です。ここで伝えるべき情報を明確にすることで、後の手戻りや認識違いを劇的に減らすことができます。この内容は、メーカーに検討を依頼する場合に限らず、自ら検討する際にも必要な情報になります。
1-1. 設計の根幹となる地盤・レベル情報
・地盤調査報告書
杭を検討するために最も重要な必須情報です。柱状図に限らず、室内試験や現位置試験の結果がまとめられているので、それらを基に検討を進めます。 企画や計画段階で地盤調査を行っていない場合でも、柱状図さえあれば、N値から各種定数を仮定して安全側の検討を行うことが可能です。インターネット上で公開されている地盤情報も参考にできます。
参考:N値だけで終わらない地盤調査の読み解き方|支持力・沈下・液状化検討のポイント
参考:実務でよく使用するサイト
・基準レベル(GL, KBM)
地盤調査報告書を読み解くうえで重要な情報です。この情報を間違えると、杭が支持層に届かないといった致命的な事態にもなりかねません。地盤調査が高低測量より先行している場合は、KBM(仮ベンチマーク)と設計GL(地盤面)、1FL(1階床レベル)の関係を明確に伝えて、柱状図の孔口標高と杭頭レベルの関係が正しく読み解けるようにしましょう。
1-2. 設計の精度を決める荷重・クライテリア
・支点反力/水平力
検討用の外力として必要になる情報です。大きく分けて、鉛直方向の反力と地震時に杭が負担する水平力の2つがあります。鉛直力については、長期荷重時に限らず地震時の「変動軸力」を伝達する必要があります。単に長期と地震時を足し合わせた軸力ではなく、変動軸力を伝えることで、引抜力が発生している箇所をメーカー側も把握でき、双方の認識違いを防げます。設計者としても留意すべき杭の位置が明確になります。
支点反力については、慣れないうちによくある失敗として、反力の取り違えがあります。支点反力には「上部構造から伝わる反力」と、それに「杭の曲げ戻しや偏心によるモーメントを加味した反力」があります。計算書の出力には両方が出力されることがあるため、誤った反力で検討依頼をしないよう注意が必要です。この違いを把握した上で適切な情報を提供しましょう。
杭メーカー側で、杭径を踏まえてフーチング(基礎)分の重量を見込んでもらうこともできます。伝達する情報にフーチング分は考慮されているのかどうかを明確に伝えましょう。
・クライテリア(設計基準)
検定比にどの程度の余力を持たせるのかは、設計者が判断すべき重要な項目です。長期荷重時、地震時の鉛直支持力と曲げ耐力、それぞれの安全率をあらゆる条件を加味して決定しましょう。基本的には、検討の初期段階から最終の実施設計に向けて検定比の余力を小さくしていくイメージでコントロールしていくことが、上手な設計の進め方と言えるでしょう。
液状化の対象層がある場合には、どの程度の地震動レベル(gal)で検討するのかを初期段階で判断して伝えるようにしましょう。
参考:地盤の評価(液状化)~法・評価手法の変遷と設計者の役割
1-3. 現実的な計画に落とし込む施工・納まり情報
・杭頭の条件(杭頭接合形式・補強筋仕様)
杭頭を固定にするのか半固定にするのかで、応力や杭頭の納まりが大きく変わってきます。多くの条件によって決まるため一概には言えませんが、杭頭固定は補強筋の納まりが厳しくなる傾向があるため、建物規模が大きい場合には半固定を使うことが増えているように思います。
・搬入・施工条件
使用できる杭を選定する上で非常に重要な情報です。搬入可能な重機のサイズ(例:三点式杭打機が入るかどうか)によって、既製杭であれば直径700mm以上の杭が使用できるか、それ以下の径になるかが決まり、構造計画もコストも大きく変わってきます。
②実践編 – 計算書の技術的チェックポイント
メーカーから検討書が提出されたら、次は技術的な妥当性を検証する段階です。以下の視点で、計算書を読み解いていきましょう。
2-1. 大前提の確認:インプット情報との整合性
当然のことではありますが、提示した条件通りになっているかを確認します。これは、こちらから伝達した情報に誤りがあったり、誤解を招く表現になっていたりした可能性もあるため、「相手のミスを探す」という意識ではなく、改めて新鮮な視点でチェックするようにしましょう。
【チェックリスト例】
□ 基準レベルと杭頭レベルの関係
□ 検討用荷重の整合(長期・地震時変動軸力)
□ 検定比の余裕度(クライテリア通りか)
□ 液状化の影響の考慮(galの設定など)
□ フーチング荷重の有無
2-2. 根拠の確認:地盤評価と支持力
敷地に柱状図が複数ある場合、どの柱状図を使用して鉛直支持力や水平地盤反力係数を算出し、応力計算を行っているかを確認します。基本的には安全側の判断になるように柱状図が選択されます。ただし、建築面積が広い場合や1本の柱状図だけが特異な結果になっている場合、最も安全側になる柱状図ですべてを決定すると、コストが大幅に増加する可能性があります。全体の柱状図の傾向を分析して採用する柱状図を決定しましょう。
特に支持層レベルが異なる場合に、どのようなゾーニングで考えるのかは重要な部分になります。これは検討条件として事前に伝達しておくべき項目です。
2-3. 部材の確認:杭体の安全性と納まり
・杭頭補強筋の納まり
高支持力杭では先端支持力が高いため、長期荷重だけで考えると杭径を小さく、杭本数を少なくできます。その場合、杭1本当たりが負担する水平力が大きくなります。その際に、SC杭(外殻鋼管付きコンクリート杭)の鋼管厚が特殊サイズになっていないか、杭頭補強筋の本数が過密になっていないかに注意が必要です。
鉄筋径がD41、材質がSD490といった高強度な仕様に達している場合、それ以上の補強は難しく、杭径自体の見直しが必要になります。現場での施工誤差による偏心なども考慮し、ある程度の余裕を持たせ、基礎梁主筋との関係を確認して現実的な本数になるようにしましょう。
・引抜耐力はどのように決まっているか
引抜耐力は、圧縮支持力以上にチェックすべきポイントが多くあります。
摩擦力を採用している範囲が適切な地盤(例:洪積層)になっているかの確認は圧縮側と同様ですが、それ以外に、まず「引抜耐力を決定づけている要因(クリティカルな要因)」を把握します。 地盤の耐力、杭体の耐力、杭の継手耐力、杭頭補強筋のいずれで決まっているのか。決定値だけに目を向けていると、耐力が不足した際に、「杭体の補強で対応できる」と思っていたら、実は「地盤耐力」で決まっていたため、杭径を変えないと耐力を上げられなかった、といった事態に陥る可能性があります。
引張側特有の決定要因が「杭の継手耐力」です。これはメーカーや工法によるので、随時確認するようにしましょう。
③思想編 – 杭符号は合理的にルール化されているか?
個別の技術チェックを終えたら、最後は一段高い視座から、その計画が「良い設計」と言えるかを見極めます。ここが設計者の腕の見せ所です。
3-1. 【最重要】杭符号は”設計思想”を映す
計算書で最も重要なポイントは、杭符号が合理的にルール化されているかです。これまでのチェック項目は、すべてこの合理性を判断するための材料と言えます。
- なぜルール化が重要なのか? 例えば、対称形の建物なのに杭符号がバラバラだったり、似たような荷重条件の箇所で符号が異なっていたりしたら、その理由を確認する必要があります。それは、検定比がわずか1%違うだけで機械的に別の符号が割り当てられた結果かもしれず、設計者の意図と乖離している可能性があります。
- 目指すべき計画とは? 計算結果をそのまま採用するのではなく、設計意図を言葉で説明でき、誰もが納得できるような合理的な配置・符号計画こそが「良い設計」です。理想は、設計者が配置計画案を作成し、その妥当性をメーカーに検証してもらうという進め方です。
3-2. 設計者としてあるべき姿
専門メーカーに相談しながら、より良いものを目指すことは、クライアントのためにも不可欠です。しかし、忘れてはならないのは、設計の主体はあくまで設計者であるということです。
メーカーは専門家ですが、完璧ではありません。また、杭の設計は、上部構造の計画と一体で考えることで初めて最適解を導き出せます。そして、それができるのは、建物全体を理解している設計者だけなのです。
この視点を常に持ち、自信を持って杭の設計に臨みましょう。
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