【わかりやすい構造設計】鉄骨造の基本を知る~材料と形状の使い分け完全ガイド

【S造】

鉄骨部材には、似たような言葉で様々な材料の種別があります。「SS400とSN400B、何が違うの?」「柱はBCPとBCR、どちらを選ぶべき?」こうした疑問は、鉄骨造を学び始めた誰もが一度は通る道でしょう。

それらは力の流れや部材の重要度に応じて適切に使い分けることが、構造安全性、施工性、コストといった多くの側面で非常に重要です。使い間違えても大きな問題にならないものから、知らないと設計者として恥ずかしいもの、そして構造安全上、絶対に間違えてはならないものまで、その影響は様々です。

これらの使い分けには様々な理由がありますが、実は構造設計の根幹をなす、たった一つの大きな判断軸が存在します。それは「その部材に、地震時の大きな揺れを吸収するための『塑性変形能力』を期待するか、しないか」です。この軸を理解していれば、一見複雑に見える材料選定も、驚くほどシンプルに捉えることができます。

今回の記事では、この「塑性変形能力」を判断の軸としながら、実務における材料選定の理由を解説していきます。

参考:保有水平耐力計算とは~計算体系を整理

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①【材質編】構造設計の幹「塑性変形能力」で理解する

まずは「材質」の話です。鉄骨造の性能を決定づける、最も基本的な鋼材の種類を見ていきましょう。

  • SS材(SS400など) – 一般構造用圧延鋼材 「SS」は “Steel Structure” の略と誤解されがちですが、正しくは「Steel for General Structure」を意味する旧JIS記号の名残です。
    最も安価で汎用性が高い鋼材ですが、JIS規格で規定されているのは「引張強さ」の下限値のみです。また、溶接性が保証されておらず、地震時に求められる「粘り強さ(塑性変形能力)」も未知数です。

    【使い分けの軸】 溶接を行わない、または地震時の大きな変形を期待せず、とにかく強度が満足していればよい二次部材(間柱、母屋など)に限定して使用するのが原則です。まさに「塑性変形能力を期待しない」部材の代表格です。

    【大梁に使ったらどうなる?】「引張強さ」の下限値のみが規定されているということは上限値がどこまで高いかわからないということです。よって崩壊メカニズムや保証設計で保証するべき耐力を予測することができなくなります。また強度が高いと靭性性能が低下するためエネルギー吸収能力もなくなります。
  • SM材(SM490Aなど) – 溶接構造用圧延鋼材 「SM」はSteel Marineの略で、元々は船舶などの溶接構造物向けに開発されました。化学成分(炭素当量)の上限値が規定されており、溶接性が保証されているのが特長です。

    【使い分けの軸】 SN材の登場により、建築分野での主要構造部材としてほとんど使用されていません。
  • SN材(SN400B, SN490Bなど) – 建築構造用圧延鋼材 「SN」はSteel New structureの略。阪神・淡路大震災を教訓に、建築構造に特化して開発された、現代の鉄骨の主流です。SS材の汎用性、SM材の溶接性に加え、建築物に最も重要な「塑性変形能力」を保証しています。 降伏比(降伏点÷引張強さ)が低いほど、降伏してから破断するまでの粘り強い領域が長くなります。SN材はこの上限を80%以下に定めており、地震エネルギーを吸収する能力が非常に高いです。

    【使い分けの軸】 地震力に抵抗する柱、梁、ブレースといった全ての主要構造部材に使用します。「塑性変形能力を期待する」部材には必須の材料です。主要構造部材ではSN材を選んでおけば間違いありませんが、コストを考えるのであれば、SS材との使い分けをしましょう。
  • A種・B種・C種とは?(シャルピー吸収エネルギー等級) SN400BやSN490Cのように、末尾につくアルファベットは、鋼材の「靭性(じんせい:粘り強さ)」の等級を表します。これは、低温状態で鋼材が脆くなる「脆性破壊」を防ぐための指標です。
    • A種: 特に試験の規定なし。
    • B種: 0℃の環境で、規定値以上のシャルピー吸収エネルギーを持つことを保証。
    • C種: 0℃の環境で、B種よりさらに高い規定値以上のシャルピー吸収エネルギーを持つことを保証。
  • 【使い分けの軸】 鋼材は板厚が厚くなるほど脆性破壊のリスクが高まります。そのため、板厚40mmを超えるような厚い鋼板を溶接して使う梁や柱、露出する柱脚のベースプレートなど、特に破壊が許されない重要な部分には、B材やC材を指定する必要があります。

    前段の趣旨を踏まえ、塑性変形を期待するSN材で使用するのはB種かC種になります。 BとCの使い分けとしては、ダイアフラムや柱脚ベースプレートの用の板厚方向に引張力(曲げモーメントによる引張力も含む)が生じる場合には、層状剥離への抵抗性も保証されたC材を使用します。

②【形状編:鋼管】柱材の性能・コスト・納期を比較

BCPとBCR 角形鋼管の柱材には、製法が異なる2種類があります。これも重要な使い分けポイントです。

  • BCR(BCR295など) – 冷間ロール成形角形鋼管 「R」はRollの略。鋼材を常温で連続的にロール成形するため、生産性が高く安価です。残留応力はBPCよりも小さいとされています。コーナー部に丸みがあるのが外観上の特徴です。最大のサイズが□550になります。

    【使い分けの軸】 最大のサイズが限られているので小中規模の建物を中心に使用されます。納期もBCPよりも短くなります。時期にもよりますがざっくりイメージ2~4カ月くらい短いと思っています。納期と価格が有利な材料になります。
  • BCP(BCP235, BCP325など) – 冷間プレス成形角形鋼管 「P」はPressの略。平らな鋼板をプレス機で折り曲げ、溶接して四角い箱にしたものです。コーナー部に加工硬化による応力が残留するため、塑性変形能力はBCRに劣るとされています。

    【使い分けの軸】 BCRに比べて大径かつ強度の高いものが使えるため物件が大規模化してくるとBCPを使用することになります。ただし、納期が長いためそれが工事工程のクリティカルになってくるため、先行発注を視野に入れるなどの現場に乗り込める時期のコントロールが重要になってきます。
  • STKとSTKN 柱やブレースなどに使われる円形鋼管にも、建築用の規定があります。
    「N」が付くか付かないかの違いですが、その意味はSN材と同様です。STKNは化学成分を厳密に管理し、溶接性や塑性変形能力を保証した建築専用の鋼管です。

    【使い分けの軸】ここでも判断軸は同じです。地震力に抵抗する主要構造部材(塑性変形能力を期待する部材)として使用する場合はSTKNを選定します。STKは仮設材や二次部材での使用になります。

③【接合部編】アンカーボルトと高力ボルトの基本の使い分け

アンカーボルト(ABR/ABM) 鉄骨と基礎コンクリートをつなぐ柱脚は、建物全体の安全性を左右する最重要箇所です。基礎に埋め込まれ、柱の引抜力に抵抗するアンカーボルトには、主に2種類あります。

  • ABR – 建築構造用転造アンカーボルトセット 「R」はRolled(転造)の略。ねじ部を強力な力で押し潰し、素材を盛り上げて成形する「転造ねじ」です。金属組織が強化され強度が高く、大量生産に向きコストも比較的安価なため、現在の主流となっています。
  • ABM – 建築構造用切削アンカーボルトセット 「M」はMachined(機械加工)の略。丸い鋼棒を刃物で削ってねじの溝を作る「切削ねじ」です。古くからの工法で、特大サイズや少量生産に対応しやすいのが特徴です。

【使い分けの軸】 使い分けの最大のポイントは「経済性と対応範囲」です。M16~M48程度の標準的なサイズでは、強度とコストのバランスに優れるABRが第一選択となります。市場での流通量も多く、入手性に優れます。
一方のABMもJIS規格ではM12等の小径から規定されていますが、標準サイズではABRの方が安価なため、実務でABMが積極的に選ばれるのは、製造範囲を超える大径サイズ(例:M48超)、特注の長さなどで、急遽ごく少量だけ必要な場合のようなABRでは対応が難しい場面が主となります。

高力ボルト 強力な力で部材同士を締め付け、その摩擦力で力を伝達するのが高力ボルトによる「摩擦接合」です。これも主に2種類が使われます。

  • 六角高力ボルト 一般的な六角形の頭を持つボルトです。トルクレンチという工具を使い、ナットを規定のトルク値まで締め付けることで、ボルトに必要な張力を導入します。施工管理が重要になります。
  • トルシア形高力ボルト ボルトの先端に「ピンテール」と呼ばれる部分が付いているのが特徴です。専用の電動レンチでナットとピンテールを掴んで締め付け、規定の張力に達するとピンテールが自動的に破断(ねじ切れる)します。。

【使い分けの軸】 締め付け完了が「ピンテールの破断」という目視で確実に確認できるため、施工管理が非常に容易で、品質も安定します。そのため、現在の鉄骨工事では、圧倒的にトルシア形高力ボルトが主流となっています

まとめ:設計の「幹」を理解し、理由を語れる設計者になろう

ここまで様々な材料を見てきましたが、その使い分けの根底に流れる最も重要なテーマに気づかれたでしょうか。それは、本記事の冒頭でも触れた「塑性変形能力の有無」という構造設計の幹です。

主要構造部材には塑性変形能力が保証されたSN材やSTKN材を選び、二次部材にはそれを求めないSS材やSTK材を許容する。この大きな原則さえ押さえていれば、あなたは適切な材料選定という名の枝葉を正しく伸ばしていくことができるはずです。

この設計の幹さえ意識していれば、個々の材料の細かな数値をすべて暗記していなくても、都度JIS規格や技術基準を調べることで、道を踏み外すような大きな失敗は防げます。

そして、その上で「なぜ、この材料を選ぶのか」を、構造安全性・施工性・経済性の観点から常に説明できること。それが、信頼される構造設計者への道筋となるでしょう。

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