「この部材の断面算定、どの応力で見ればいいんだろう?」
「地震の力と普段の力って、どうやって一緒に考えればいいの?」
構造設計の実務において、部材の安全性を確認する「断面算定」は不可欠な作業です。しかし、実際の建物では、柱や梁は単純に一つの力だけを受けているわけではありません。建物の自重、積載荷重、地震力、風圧力…といった様々な力が、異なるタイミング、異なる方向から作用します。
これらの力を個別に検討するだけでは、部材が本当に安全かどうかは分かりません。複数の力が同時に作用したときに、部材の中で何が起こるのかを正確に予測する必要があります。
そこで重要になるのが「応力の重ね合わせ」という考え方です。
この記事では、複雑に見える力の組み合わせを整理し、より深く、正確に構造を理解するための思考法を解説します。
① 応力の重ね合わせとは?複雑な現象をシンプルに解くための原則
まず、「応力の重ね合わせ」がどのような考え方なのか、その基本原則から理解していきましょう。
応力は全て3種類に分類できる
一見、複雑に見える建物内外の力も、部材内部に発生する「応力」として捉えると、必ず以下の3種類にシンプルに分類できます。
- 軸力(N): 部材を押し縮める力(圧縮力)、または引っ張る力(引張力)。
- せん断力(Q): 部材をハサミで切るように、ずらす力。
- 曲げモーメント(M): 部材を曲げようとする力。梁が重さでたわむときに発生する力がこれにあたります。曲げモーメントは軸力の圧縮力と引張力の組み合わせで構成されています。
例えば、「ねじれ」も一見特殊な応力に見えますが、これは力の作用する軸が変わっただけで「曲げモーメント」の一種と考えることができます。また、梁にとっては「せん断力」であった力も、柱に伝達されれば、その柱にとっては「軸力」になります。
このように、部材に作用する向きによって応力の呼び名は変わりますが、その本質は必ずこの3つのどれかに分類できます。構造力学とは、複雑な現象をこの3つの共通言語で語れるようにした、非常に優れたルール体系なのです。
単純な現象に分解して、後から足し合わせる
この「単純化」こそが、「重ね合わせ」の基本です。部材に複数の力が同時にかかっている複雑な状態も、一度に解こうとはしません。まず、それぞれの力が単独で作用した場合を考え、それぞれの応力を計算します。そして、最後にそれらの結果を単純に足し合わせます。
これは、部材が力を受けて変形しても元に戻る範囲、すなわち「弾性範囲」で力が作用している場合に成り立つ、非常に重要な考え方です。実務で行う一次設計(許容応力度設計)のほとんどは、この原理に基づいています。
【具体例】小梁にかかる2種類の荷重
一番イメージしやすい例が、床を支える小梁です。この小梁が、床全体の重さ(等分布荷重)と、その上に乗る設備の重さ(集中荷重)を同時に支えているケースを考えてみましょう。
- 等分布荷重だけがかかった場合の曲げモーメント図は、きれいな放物線を描きます。
- 集中荷重だけがかかった場合の曲げモーメント図は、荷重がかかる点を頂点とする三角形になります。
実際の小梁に発生する最終的な曲げモーメントは、この①放物線と②三角形を単純に足し合わせた(重ね合わせた)形状になります。
このように、どのような応力が重なっているのかをイメージできると、構造計算ソフトが出力した複雑な形状の応力図を見ても、「これは分布荷重と集中荷重が重なっているから、こういう形になるはずだ」と、その正しさを直感的に判断できるようになります。
参考:応力図の正しい読み方と3つのチェックポイント
参考:直感が置き去りにならない一貫計算との付き合い方
② よく使用している応力の重ね合わせの事例
基本原則を理解したところで、次に実務で頻繁に遭遇する、少し応用的な重ね合わせの事例を見ていきます。
事例1:長期荷重と地震時荷重
これは最も代表的で、重要な重ね合わせの一つです。
- 長期荷重: 建物の自重や積載荷重など、常に作用している鉛直方向の力。
- 地震時荷重: 地震時に一時的に発生する水平方向の力。
小梁の例とは異なり、この2つの荷重では応力の発生の仕方が大きく異なります。特に梁の曲げモーメントに注目してみます。
- 長期荷重による曲げモーメント: 一般的に梁の中央部では下側が引張られ、柱との接合部(梁端)では上側が引張られるような曲げモーメントが発生します。
- 地震時荷重による曲げモーメント: 建物が右に揺れると、梁はS字状に変形します。このとき、左の梁端では下側が、右の梁端では上側が引張られる、といった具合に、左右の端部で逆向きのモーメントが発生します(左に揺れる場合はその逆)。
では、これらを重ね合わせるとどうなるでしょうか? 例えば、建物が右に揺れた場合を考えます。
- 右側の梁端: 長期(上引張り)+ 地震時(上引張り)= さらに大きな上引張りのモーメントが発生します。
- 左側の梁端: 長期(上引張り)+ 地震時(下引張り)= モーメントが打ち消し合います。場合によっては、地震時の下引張りモーメントが大きく、最終的に下引張りのモーメントに逆転することもあります。
このように、重ね合わせの結果、片方の端部では応力が非常に大きくなり、もう片方の端部では応力の向きそのものが変わってしまう可能性があります。RC造の場合、モーメントが逆転すれば、普段はあまり働かない梁の下端筋で断面算定が必要になる、ということです。
どの組み合わせが部材にとって最も厳しい条件になるかを見極め、応力図の向きを正確に把握することが極めて重要です。なお、地震のような発生頻度の低い短期的な荷重との組み合わせなので、部材の検討は短期許容応力度(長期の1.5倍)を用いて行います。
事例2:長期荷重と風荷重(面外方向)
次に、鉄骨造の外壁を構成する耐風梁といった部材でよく検討されるケースです。
耐風梁は、まず外壁荷重(長期荷重)によって、上下方向に曲げを受けます。それに加えて、台風などの強風によって、壁の面外方向(内外方向)に大きな風圧力を受けます。
つまり、1つの部材に「面内方向の曲げ」と「面外方向の曲げ」が同時に作用することになります。これは「二軸曲げ」と呼ばれる状態で、断面算定は以下のような考え方で行います。
- X方向の曲げによって発生する応力度と、Y方向の曲げによって発生する応力度をそれぞれ計算します。
- それぞれの方向の許容応力度に対する応力度の割合を計算し、その和が1.0以下になることを確認します。
一本の部材でも、作用する力の向きが異なれば、このように多角的な検討が必要になります。これも風という短期的な荷重との組み合わせなので、短期許容応力度で検討します。
これは力の向きが違っていても力を負担しているフランジは兼用していることになるので、それぞれの向きに応じた断面係数に応じた応力度を計算してあげる必要があります。
参考:見落としがちな鉄骨二次部材の荷重とモジュールの考え方
参考:外装材(ALC・ECP・PC)の支持部材
事例3:長期の二軸曲げモーメント
二軸曲げは短期荷重時だけに発生するわけではありません。建物の隅柱(すみばしら)のように、常に二軸の曲げモーメントを受けている部材もあります。
隅柱は、X方向の梁とY方向の梁の両方が取り付いています。それぞれの梁から長期荷重による曲げモーメントが常に伝達されるため、隅柱は常にX方向とY方向の両方から曲げられ続けているのです。
この場合、地震や風と違って、常に作用する長期荷重による二軸曲げなので、検討に用いる許容応力度は長期許容応力度となります。短期許容応力度のような割り増しがないため、部材断面を決める上で非常に厳しい条件となることが多い、重要な検討項目です。
RC造のようにX方向とY方向で力を負担する鉄筋がそれぞれで配置されている場合には重ね合わせの検討がクリティカルになりにくいですが、前述した事例2と同様で鉄骨造のように強軸でも弱軸でも力を負担する断面を兼用している場合には注意が必要になります。
有利になるケース:プレストレスト・コンクリート
必ずしも応力を重ね合わせることが、断面を大きくするばかりではありません。むしろ、意図的に応力を重ね合わせることで、耐力を向上させる技術もあります。その代表例がプレストレスト・コンクリート(PC造)です。
コンクリートは圧縮に強い一方、引張りに弱いという弱点があります。そこで、あらかじめPC鋼材を使ってコンクリートに強力な圧縮力を与えておきます(プレストレス)。この圧縮力によって、部材には長期荷重による曲げモーメントとは逆向きの曲げモーメントが発生します。
その結果、長期荷重がかかったときに発生する引張応力が、あらかじめ与えられた圧縮応力によって打ち消され、コンクリートにひび割れが入るのを防ぐことができます。これは、応力の重ね合わせを積極的に利用して、材料の性能を最大限に引き出す技術です。
参考:PC設計の基本~「PCは高い」は本当?PC設計の基本と可能性
こういった特殊技術によらず力の流れをコントロールして部材の応力状態を効率化することが経済的な設計を実現することに繋がります。
③ 詳細図を考える際には不可欠な思考
これまで見てきた「応力の重ね合わせ」の考え方は、計算だけでなく、構造詳細図を作成する上で、まさに不可欠な思考法となります。
構造設計の初心者が詳細図を書こうとすると、意匠図の線をなぞって寸法を入れただけで、手が止まってしまうことがよくあります。それはなぜでしょうか? 答えは、その部分で「どのような力が、どのように伝達されているか」をイメージできていないからです。
構造詳細図で最も重要なのは、接合部における力の伝達が、計算通りに成立していることを図面で表現することです。どんなに柱や梁の本体(母材)が頑丈でも、それらをつなぐ接合部が壊れれば、建物は簡単に倒壊してしまいます。
鉄骨詳細図を書くとは、まさにこの力の流れを追いながら、「この大きな引張力に対して、高力ボルトは何本必要か?」「このせん断力を伝えるために、ウェブの溶接の長さとサイズはこれで足りるか?」といったことを、一つ一つ確認し、図面に落とし込んでいく作業なのです。
これは、頭の中で計算書を作りながら、同時に図面を描いているようなものです。重ね合わせた結果の応力だけで判断するのではなく、その複数の要素もイメージしながら、その力の向きと大きさに見合う接合要素る接合要素(ボルトや鉄筋、溶接)をきちんと繋ぎ合わせていきます。このように重ね合わせられている応力のそれぞれが伝達できる状況になっているかを確認することが詳細図の作成とも言えます。
参考:柱梁接合部の本質 -歴史的背景とモデル化の理論
参考:構造設計が楽しくなる「力の流れ」の読み方/つまずくポイント解説
まとめ
今回は、構造設計における「応力の重ね合わせ」について、その基本から応用までを解説しました。
- 応力は「軸力」「せん断力」「曲げモーメント」の3種類に単純化して考えることができる。
- 重ね合わせの原理とは、別々に計算した応力を単純に足し合わせることで、複雑な現象を解く手法である。
- 実務では、長期・地震・風・二軸曲げなど、様々な荷重の組み合わせを考慮し、部材にとって最も厳しい条件を見つけ出す必要がある。
- この応力の重ね合わせ(力の流れ)を読み解く思考は、接合部などの構造詳細図を作成する上で不可欠なスキルである。
応力の重ね合わせは、単なる計算テクニックではありません。それは、目に見えない「力の流れ」を読み解き、建物の安全性を確実なものにするための、構造設計者にとって最も重要な思考法の一つです。
応力図を眺めながら、「この応力は、どんな力が重なってできているんだろう?」と考えてみてください。その積み重ねが、力の流れの解像度を格段に引き上げてくれます。
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