鉄骨造を設計していく中でなんとなく慣例的に使用している数値がありませんか?
構造計算上は特に影響してこないけど、詳細な納まりを検討するときに変更してもよいかが判断できないということもあると思います。
慣例的に使用している標準的な数値についてどういった理由で決まっているのかをいくつかの具体事例を通して見ていきたいと思います。
①通しダイアフラムの出寸法
冷間成形角形鋼管設計・施工マニュアルでは以下の寸法が推奨されています。
e=25㎜(tc<28㎜) e=30㎜(tc≧28㎜) tc:角形鋼管厚さ
端部での梁の寄りや外壁の離れ寸法を決定するときにこの寸法を大きくしたり小さくしてもよいのか迷ったことはないでしょうか?この寸法の背景について見ていきたいと思います。
柱材(母材)への熱の影響
母材への熱影響の範囲は数mmと小さく、ダイアフラムの製作出寸法を25~30mm程度確保すれば、熱影響部同士が干渉して溶接部の性能を低下させることはないと考えられています。なので出寸法を小さくするということは母材への影響に配慮する必要が出てくるということです。
ダイアフラムのかさ折れの発生の防止
ダイアフラム出寸法を大きくすると、溶接の順序にもよりますが、かさ折れ量(熱でダイアフラムの先端が上がったり下がったりすること)が大きくなります。特にトッププレートの場合、片側溶接になるためかさ折れが発生するケースが多くなります。事前に逆ひずみをつけるなどの対策もありますが、完全にはコントロールできません。かさ折れが発生した場合、ダイアフラム板厚が厚い場合は加熱矯正でも完全な修正は困難であり、梁フランジとの溶接で食違いが生じ易くなります。
よって、ダイアフラムの出寸法を大きくする場合には食違いが生じないような配慮が必要になります。なので、前述のような熱の影響がない範囲でダイアフラムの出寸法は短くするのが良いと考えられます。
結論として、マニュアル通りの寸法(25~30mm)を基本とするのが最も安全かつ合理的です。やむを得ず寸法を変更する場合は、熱影響や『かさ折れ』のリスクを施工者と十分に協議する必要があります。
②ダイアフラムの板厚と間隔
鉄骨造の梁レベルの設定はRC造以上にルールを決めて設定することが重要になります。RCであればある程度自由にレベルを設定できますが、鉄骨の大梁においても柱のダイアフラムとの取り合いがあるため細かい寸法の違いで、1つの柱に取り付かせることができません。
通しダイアフラムで対応しようと思うと最低でも150~200mm程度の差を付けて梁レベルを設定する必要があります。
これは通しダイアフラムの板と柱は突合せ溶接を行いますが、あまりにもダイアフラムが近接しているとUT検査(超音波探傷検査)をすることができなくなってしまいます。そのためある程度の間隔を設けておく必要があります。
どうしても梁レベルを近接させたい場合には内ダイアフラムを組み合わせたり、どのレベルにも取り付け可能な既製品の厚板ダイアフラムを使用したりするという選択肢があります。
また、ダイアフラムの板厚についてですが、通しダイアフラムの場合には梁フランジ厚の2サイズUPさせることが基本です。この2サイズUPはフランジとダイアフラムの食い違いを防止するためです。梁フランジからダイアフラムに直接応力を伝達するので、確実にダイアフラム内で溶接する必要があるのでダイアフラムを厚くして確実に溶接できるようにしています。
内ダイアフラムの場合には柱材を経由して力を伝達することができるため、フランジ厚の1サイズUPとすることが多くなっています。
これらの理由を踏まえて食い違いの基準もダイアフラムの形式によって異なっており、通しダイアフラムの方が厳しくなっています。
③完全溶け込み溶接の開先角度
完全溶込み溶接のレ形開先角度は35°が従来使用されてきましたが、ファブ(鉄骨製作工場)によっては30°を使用したいと要望があります。ではこの5°の違いによってどのような影響があるのでしょうか?
まず、メリットとしては、単純に溶接量が減るため施工が容易になり、使用材料も削減できます。特に板厚が厚い場合、溶接量や溶接時間の短縮のため、開先角度を狭くして溶接する場合があります。
その実績も増えているため、JASS6(建築工事標準仕様書):2018年版にガスシールドアーク溶接・セルフシールドアーク溶接について追記され、開先角度、ベベル角度、ルート間隔のそれぞれに許容差が設定されました。各許容差は35°に比べて厳しい値となっていることに注意しましょう。
次に留意すべき点についてですが、開先角度が小さくなることにより高温割れが問題となる場合がありますが30°程度あれば問題ないとも言われています。
30°を採用する場合には、溶接ワイヤの突出し長さの確保、テーパノズル形状、使用する固形エンドタブの適用について、事前に確認する必要があります。また、 溶接技能者に狭開先の溶接経験がない場合は、適正な溶接ができるか施工試験で確認する、30°より狭くなる側の開先角度管理値、溶接時の積層図や溶接条件を事前に定めておく、などの対応が必要です。
結論として、コストダウンのために30°を採用するメリットはありますが、施工管理のハードルは上がります。採用する場合は、ファブの技術力や経験を事前に確認し、溶接条件を明確に定めておくことが重要です。
まとめ:数値の「なぜ」を知り、トラブルを未然に防ぐ
今回の記事では、鉄骨造の設計で慣例的に使われている「標準数値」の背景にある、施工および検査上の根拠について解説しました。 図面上の数値ひとつ変更するだけで、現場では大きなリスクが生じる可能性があります。
- ダイアフラム出寸法(25~30mm): この数値は「母材への熱影響回避」と「かさ折れ(変形)防止」のバランスの最適解です。大きくしすぎると変形による食い違いのリスクが高まります。
- 梁段差と板厚: 通しダイアフラム同士が近すぎると、超音波探傷検査(UT)ができなくなります。また、板厚を梁フランジより2サイズ上げるのは、直接応力が伝わる箇所での「食い違い」を防ぐための安全策です。
- 開先角度(35°→30°): 角度を狭めることは溶接量削減(コストダウン)になりますが、高温割れ等のリスク管理がシビアになります。ファブの技量と管理体制を見極めた上での採用が必要です。
「マニュアル通りだから」と思考停止せず、その数値が何を守っているのかを理解することで、現場からの変更要望に対しても適切に判断できるようになります。

【理解度チェック】知識を定着させる〇×クイズ
この記事の重要ポイント、しっかり理解できましたか?3つの〇×クイズで腕試ししてみましょう!
問題1 冷間成形角形鋼管の通しダイアフラムの出寸法(一般的に25~30mm)について、溶接施工の余裕を持たせるために設計判断でこの寸法を「50mm~60mm」と大きく設定することは、母材への熱影響も避けられるため、品質確保の観点からは推奨される変更である。
解答1 :× 解説: 出寸法を必要以上に大きくすると、溶接熱によってダイアフラムの先端が波打つように変形する「かさ折れ」が発生しやすくなります。かさ折れが起きると梁フランジとの食い違いが生じ、その修正も困難になるため、マニュアル推奨値(25~30mm)を守るのが基本です。
問題2 通しダイアフラム形式において、ダイアフラムの板厚を梁フランジ厚よりも「2サイズアップ(厚く)」させる主な理由は、梁フランジからの応力を確実にダイアフラム内に伝達させるため、施工誤差による「食い違い」が生じても溶接がダイアフラムの厚み内に収まるようにするためである。
解答2 :〇 解説: 通しダイアフラムは梁フランジと直接突合せ溶接されるため、わずかなズレ(食い違い)が命取りになります。内ダイアフラム形式(1サイズアップが一般的)と異なり、柱を介さず直接応力を受けるため、より確実な溶接シロを確保するために「2サイズアップ」が基本とされています。
問題3 完全溶け込み溶接の開先角度を、従来の標準的な「35°」から「30°(狭開先)」に変更する場合、溶接金属の使用量が減りコストダウンや工期短縮につながるメリットがある一方で、施工の難易度が上がり厳密な品質管理が求められるため、事前にファブの施工実績や管理体制を確認する必要がある。
解答3 :〇 解説: 狭開先(30°)は溶接量が減るため経済的ですが、溶接ワイヤの狙い位置がシビアになったり、条件によっては高温割れのリスクが生じたりします。そのため、JASS6でも許容差が厳しく設定されており、採用にはファブの技量確認や施工試験などの慎重なプロセスが不可欠です。
