【わかりやすい構造設計】応力図の正しい読み方と3つのチェックポイント

【モデル化】

構造設計において、応力図を正しく読み、その妥当性を判断する能力は、設計者にとって必須のスキルです。

近年は構造計算ソフト(電算)に条件を入力すれば、応力図の作成から断面算定まで自動で行ってくれます。その便利さゆえに、私たちはつい入力条件や最終的な断面算定の結果にばかり注目しがちです。

しかし、もしその前提となる「応力図」が間違っていたら、後工程の断面算定は全く意味を成しません。応力図を深く読み解くことで、建物の中の「力の流れ」を把握する感覚が養われ、より安全で合理的な設計が可能になります。

この記事では、特に「応力図をチェックする視点」に絞り、致命的なミスを未然に防ぐための本質的なポイントと、具体的な確認手順を解説していきます。

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①曲げモーメント図の「引張側」という絶対ルール

具体的なチェック手順に入る前に、応力図、特に「曲げモーメント図」を扱う上での、最も重要な大原則について解説します。それは、

「曲げモーメント図は、部材が変形したときに『引張られる側』に描く」

という絶対的なルールです。よく変形図と混同しているようなモーメント図を書く場面を見かけます。このルールを覚えるだけでモーメント図の理解は大きく向上します。

曲げモーメントとは、部材を曲げようとする力のことです。部材が曲げられると、片方は伸ばされ(引張力)、もう片方は縮められます(圧縮力)。この「引張力と圧縮力の一対(対の力)」が、曲げモーメントになります。

では、なぜ「引張側」がそれほど重要なのでしょうか?それは、主要な構造材料である「鉄筋コンクリート」と「鉄骨」の特性にも深く関わっています。

  • RC造の場合:引張側に「鉄筋」が必要 

コンクリートは圧縮に強い一方、引張には非常に弱い材料です。そのため、引張力が生じる側に「鉄筋」を配置して補強します。もし曲げモーメント図の向きを間違えれば、鉄筋を本来必要な場所とは逆側に入れてしまうことになり、建物の安全性に直結する致命的な欠陥となります。

参考:RC造設計の本質を知る

  • 鉄骨造の場合:圧縮側に「座屈補剛」が必要 

鉄骨は引張にも圧縮にも強い材料ですが、H形鋼のように薄い部材は、強い圧縮力を受けるとぐにゃりと折れ曲がる「座屈」という現象を起こす危険があります。そのため、圧縮力を受けるフランジ側には、横倒れを防ぐための補剛材(横補剛)が必要です。図の向きを間違えれば、補剛が不要な引張側に補剛材を付けてしまうことになり、これもまた重大な設計ミスにつながります。

参考:鉄骨造の基本を知る~鉄骨造の弱点「座屈」とは?原因と対策を解説

この二つの事例に限らず多くの材料は引張力と圧縮力に対しての特性が異なります。だからこそ、曲げモーメント図の向きは、部材の性能を正しく確保するために非常に重要です。

②設計ミスを防ぐ!応力図チェックの3ステップ

前章で解説した大原則を踏まえ、ここからは電算から出力された応力図を効率的かつ正確にチェックするための、具体的な3つのステップを解説します。

「①全体像 → ②形状 → ③数値」の順で大枠から確認していくのがポイントです。直感的で間違いに気づきやすい大枠、手計算で確認できるものから確認していくのが、効率的なチェックのポイントです

ステップ1:まずは「変形図」と「反力」で全体像を掴む

最初に、最も直感的で間違いに気づきやすい「変形図」と「反力」を確認します。

  • 変形の形は想定通りか? 

荷重をかければ、建物は必ず変形します。その変形の形が、自分のイメージと合っているかを確認しましょう。例えば、右向きの水平力をかけたのに、建物が左に変形していたら、荷重の入力方向(プラスマイナスの符号など)を間違えている可能性が高いです。

  • 反力は正しく生じているか? 

反力とは、支点が建物を支える力のことです。以下の点を確認します。

  • 意図した支点(基礎など)に、きちんと反力が生じているか。
  • 支点の種類(ピン、ローラー、固定)に応じて、変位が正しく拘束されているか。
  • 全ての反力の合計が、入力した全荷重の合計と一致しているか。

(例:ピン支点なら鉛直・水平変位がゼロ、ローラー支点なら鉛直変位のみゼロで水平変位は自由、など)

特に最後の「力の釣り合い」は重要です。もし反力の合計が荷重の合計と合わなければ、荷重の入力値そのもの(分布荷重の負担幅や、単純な入力ミスなど)が間違っていると判断できます。

参考:支点条件の仮定/基礎部の剛床の重要性
参考:直感が置き去りにならない一貫計算との付き合い方

ステップ2:「曲げモーメント図の形」が変形と一致しているか確認する

次に、第1章で学んだルールを使い、曲げモーメント図の「形状」をチェックします。

  • 図の向きは、変形による「引張側」と一致しているか? 

ステップ1で確認した変形図を見て、部材のどちら側が伸ばされているか(引張られているか)をイメージします。曲げモーメント図が、その引張側に描かれているかを確認しましょう。これが最も重要なチェック項目です。

  • 接合部や支持点の条件と一致しているか?
    • ピン接合・ピン支点:回転が自由なので、曲げモーメントはゼロになる。
    • 剛接合・固定支点:回転が拘束されるので、曲げモーメントが発生し、力が伝達されている。
    • 節点での釣り合い:一つの節点に集まる全部材の曲げモーメントの合計は、原則としてゼロになる。

また、部材の剛性(硬さ)によって、曲げモーセントの分担比率が変わります。一般的に、部材成(せい)が大きく、部材長が短い、硬い部材ほど多くのモーメントを負担します。部材の寸法とモーメントの大きさが、おおよそ対応しているかも確認しましょう。

節点以外の「不自然な折れ曲がり」に注意

曲げモーメント図の線は、外力や部材、支点がない限り、途中で不自然に折れ曲がることはありません。もし柱の中間など、何もないはずの場所で急に図の向きが変わっていたら、それは「剛床仮定」などモデル化の前提条件が間違っているかもしれません。

参考:構造解析のモデル化の基本~剛床仮定とはなにか/非剛床の事例
参考:「非剛床」設定の基本と3つの留意点

ステップ3:「軸力・せん断力」でオーダー(数値の桁)を確認する

最後に、軸力とせん断力の「数値」を確認します。ここでは電卓を叩いて数値を正確に合わせるのではなく、「オーダー(桁数)」が大きく狂っていないかを概算で把握することが目的です。

  • 柱の軸力: その柱が支えている床の面積(負担面積)から、おおよその長期軸力を概算します。
  • 大梁のせん断力: その梁が支えている床の面積から、おおよその長期せん断力を概算します。

もし概算値と比べて、電算の数値の桁が違っていたり、倍以上も異なっていたりしたら、モデル化や荷重入力に間違いがある可能性があります。

モデルによっては長期荷重時に柱に圧縮力ではなく引張力が発生することがあるので、意図して引張材として考えていなければ何かモデル化が間違えている可能性もあります。(この見落としは確認申請の指摘などでも割とよくあります)

地震時の水平力の負担は、水平剛性の高い所が多く負担しているかといった比の概念を持って確認するようにしましょう。総体量については支点反力段階で確認しておきましょう。
水平力を負担した場合には、柱に引張力が掛かるものと、圧縮力が掛かるものがあるのでその分類が間違っていないかは変形図と関係づけて確認するようにしましょう。基本的には荷重の方向に対して前側に圧縮力、後ろ側(浮き上がる側)に引張力が発生します。

参考:構造図・計算書・コストでの比を使ったチェック

まとめ:応力図チェックで押さえるべき3つの本質

今回は、構造設計の基本である応力図のチェック方法について、その本質的な考え方から具体的な手順まで解説しました。最後に、この記事の重要なポイントを振り返りましょう。

  • 【Point 1】絶対的なルールは「引張側」の把握 曲げモーメント図が部材の「引張側」に描かれるという原則は、RC造の配筋や鉄骨造の座屈補剛を決定づける生命線です。全てのチェックは、この基本ルールから始まります。
  • 【Point 2】チェックは「全体像 → 形状 → 数値」の3ステップで ①変形と反力でモデル化の大枠を掴み、②曲げモーメント図の形で力の流れの妥当性を判断し、最後に③軸力・せん断力のオーダーで数値の大きな間違いがないかを確認する。この手順により、効率的にミスを発見できます。
  • 【Point 3】ソフトの「結果」ではなく「過程」を読み解く 電算ソフトは強力なツールですが、その結果を鵜呑みにするのは危険です。なぜその応力図になるのか?という「力の流れ」の過程を読み解く力こそが、設計者の責務であり、価値となります。

応力図は、単なる数字と線の集まりではありません。それは、建物内の目に見えない力の流れを解き明かし、部材がどのように抵抗しているかを把握して、建築としての具体的な形を作るための基盤になります。

【理解度チェック】知識を定着させる〇×クイズ

この記事の重要ポイント、しっかり理解できましたか?4つの〇×クイズで腕試ししてみましょう!

問題1 曲げモーメント図を部材の「引張側」に描くというルールは、鉄筋コンクリート造の鉄筋配置や、鉄骨造の座屈補剛の位置を決める上で非常に重要である。

問題2 応力図をチェックする際は、まず全体の「変形図」や「反力」といった直感的に理解しやすい部分から始め、その後に「曲げモーメント図の形状」や「軸力・せん断力の数値」を確認する手順が効率的である。

問題3 ピン支点に設定した箇所では、水平・鉛直方向の変位は拘束されるが、回転は自由であるため曲げモーメントは発生しない。

解答と詳しい解説

問題1 :〇 解説:この記事で最も重要なルールです。コンクリートの弱点である引張力を鉄筋に負担させるため、また、鉄骨の圧縮側の座屈を防ぐために、部材のどちらが引張側なのかを曲げモーメント図で正確に把握することが、安全な設計の生命線となります。

問題2 :〇 解説:記事で推奨している「①全体像 → ②形状 → ③数値」というチェック手順のことです。荷重の入力ミスといった大きな間違いを「変形図」や「反力」で先に見つけることで、手戻りを減らし、効率的にチェックを進めることができます。

問題3 :〇 解説:ピン接合・ピン支点は、蝶番(ちょうつがい)のように回転が自由な状態をモデル化しています。そのため、力の伝達は行いますが、曲げ(回転)に対する抵抗はしないため、曲げモーメントはゼロになります。これは応力図チェックの基本的なポイントです。

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