保有水平耐力計算をするためには不可欠な構造特性係数Dsというものがあります。これを決定するための方法というのは細かく告示の中で決められているため、計算上で算出すること自体にはそれほど困ることはないと思いますが、逆に決められすぎていて本質をおさえずとも使えてしまうという言い方もできます。
そこで今回は構造特性係数Dsが設定された背景と数値の意味について書いていきたいと思います。
①大地震時の水平震度の考え方
構造特性係数Dsというのは1981年から施工されている「新耐震」から導入されたものです。大地震に対して短期許容応力度設計を行うことは困難であることから、建築物の粘り(靭性)を考慮するための係数になります。
日本の耐震設計の初期の考え方としては、塑性設計が必要という課題意識はあったものの理論的にも技術的にも不可能という状況でした。Ds値について検討している時代の典型的な建築物は、震度0.2を用いて短期許容応力度設計をしていました。(弾性解析による)
そこから考えて若干の余裕があることから震度0.3程度には耐えられるだろうというように、工学的・理論的なものだけの積み上げというよりも過去の地震被害からDs値の大きなオーダーが決まってきている印象があります。
Dsにおいても偏心率と同様に手計算時代に設定された数値であるため、塑性域での変形や塑性率が計算できないことが前提となっています。そのような中で設定されていることを踏まえると、現在のように計算プログラムが発展した時代においては、Dsで想定している数値というのは、どの程度の妥当性を持った数値なのかが気になるところです。
※ここでいう妥当性というのは手計算の時代には算出困難であった、塑性域での変形や塑性率の数値との整合性についてであって耐震性の妥当性についてではありません。
②どの程度の変形を想定しているのか
震度0.3程度には耐えられるだろうということからDs=0.3というのがRC造の純ラーメンのように靭性のある架構には採用されています。そこからさらに靭性のあるS造(SRC造)はより小さくできるということでDs=0.25が最小値になっています。
逆に強度型の建物においては、ひび割れなどが生じても直ちに崩壊はしないことから、どんな建物においても靭性はあり、半分程度には低減できるとの想定になっています。
海外でも言葉は異なりますが、同様の概念の数値があり、靭性による効果はより大きく評価しているといった違いがあるようです。
もう少し具体的に、靭性性能とDs値での数値での関係があるのかを見ていきたいと思います。建物が降伏状態になることで、必要保有水平耐力を低減できる想定ですが、強度型の建物ではほとんどの部材が降伏状態になっていないことに不整合を感じるところです。
そんなことを感じている中で参考書籍を探していたところ、原本は確認できていないのですが、『実務家のための建築物の耐震設計法(コロナ社)1981』という本に 層塑性率とDsの関係が書いてあるようです。
以下の書籍に表の引用がありました。
一部数値を引用すると、RC造の低層(10階未満)だとDs=0.3:層塑性率6.06、Ds=0.5:層塑性率2.50の関係になっています。
※「層塑性率(そうそせいりつ)」とは、地震などの大きな力が建物に加わった際に、各階の層がどの程度塑性変形(元に戻らない変形)したかを示す指標です。
層塑性率=層の降伏変形/層の最大変形
層の最大変形:地震時にその層がどれだけ変形したかの最大値。
層の降伏変形:その層が弾性的な変形(力を取り除くと元に戻る変形)の限界を超え、塑性変形し始める時の変形量。
③大地震の性能評価にはまだ未知が多い
必要保有水平耐力に対して保有耐力が高い場合でも、Ds値を小さく設定している場合には十分なエネルギー減衰を行う必要があるということになります。エネルギーを減衰させるためには、制振・免震機構を有していない場合には、建物が変形することがエネルギー一定則の概念からすると不可欠になります。
RC造の変形性能の目安を踏まえると、Ds=0.3:層塑性率6.06というのは1/100を超えるような変形を想定していることになります。
○変形角の目安 参考:【構造設計】RC造設計の本質を知る
壁せん断ひび割れ:1/5000、壁せん断降伏(極脆性柱破壊点):1/500
壁・柱せん断破壊、壁曲げ降伏:1/250、柱曲げ降伏1/150~
建物の損傷や継続利用においては変形は密接な関係があります。建物の中には構造躯体だけでなく、壁や天井や設備機器・配管などがあるのでそれが変形に追随できる程度に構造体の変形をおさえておく必要があります。
参考:保有水平耐力計算はあくまでも耐力の検討/耐震性には耐力と剛性のバランスが大事
今後考えていくべきは、現状の設計体系の中では不可欠な構造特性係数Dsの意味するところを知ったうえで、適切な耐震性を設定していくことに変わりはありません。
仮定条件にピタリと合うように設計することが重要なのではなく、これらの仮定にまだ含まれていない未知な条件を考えていくことが重要です。
Ds値は実際の被害状況も考慮されて決まっていることからも、建物が実際には想定より大きく変形しているのか?構造体以外も想定以上に追随能力があるのか?塑性率によらない減衰があるのか?など追求していきたいことがたくさんあります。
今回の記事では構造特性係数Dsの背景について書きましたがまだ未知のことが多く少し漠然とした内容になっていると思います。当たり前に使っている数値の意味を考える機会にしてもらえればと思います。
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