建築は常に自然の圧力にさらされています。地震のような大きな災害の可能性のあるものから、日常的に生じる雨や風、温湿度も自然の圧力です。
これらのすべての圧力に耐えうるように建築設計は行います。
しかし、その自然の圧力というのは、顧客の要望のように、確認すれば答えが返ってくるわけではなく、どのような規模の外力までを想定するのか、設計者自身が思考し、設定する必要があります。
今回はそういった不測の事態をどのように想定して設計していくのかを考えていきたいと思います。
①基準法は万能ではない。変化し続ける「自然の圧力」を知る
年々気温が上昇していることは体感していることだと思いますが、こういった気候の変化は環境設計に直結してきます。もう少しだけ具体的にいうと、例えば東京の8月の気象データを比べると、数年前の「気温34.8℃・湿度60%」だった状況が、近年では「気温36℃・湿度80%」といったレベルに変化しています。
一見、小さな数値の変化に見えますが、建築に対しては大きな変化が生じます。
外気温と湿度が上がると空気中の水分が増えるので、これにより、これまで室内温度が約24℃で結露が生じていた条件でも、約26℃でも結露します。これは、外気との温度差が小さくても結露が発生しやすくなることを意味します。(※詳細の数値は状況によって異なります。)
また最近増えているのがゲリラ豪雨による浸水被害です。絶対的な雨の量は例年と同じであっても、1時間で降るのと10分で降るのとでは建築に与える影響は違ってきます。浸水というのは生活や商売へ直接的な影響を与えるものなので、多くの設計事務所は雨水の設計基準の見直しに着手しています。
最後は地震についてになりますが、地震の加速度についても年々大きくなっています。
詳細の数値は以下のサイトを参照してください。
地震の加速度を表すガル(Gal)とは?建物の揺れと計測震度との関係(バッコ博士の構造塾より引用)
地震については加速度大きくても揺れの大きさは周期との関係もあるので一概に被害も大きくなると言えませんが、新耐震設計法が導入されてから40年以上が経過しますが、建築基準法で定められた静的解析で用いる地震力の大きさは、基本的に変わっていません。
こういった事例を考えると、基準で定められていることを鵜呑みにして使用することの危うさを感じることができると思います。
②「最悪の事態」を定義する。コストと安全を両立する設計思想
こういったすべての不測の事態を完璧に回避できればよいですが、不測なことだけあってそれは非常に困難なことになります。無限に安全率を上げることもできなくはないですが、それに伴い、コストの増大や建築計画の自由度低下を招きます。
以下の記事でもそういった中でバランス感を持って設計をすることの重要性について書いていますが、それとは別にもう一つ重要な視点があります。
参考:構造設計は幅を持って安全性をデザインしていく
それが最悪だけは起こらない工夫をすることです。まず事例としてわかりやすいのは、雨水の事例です。オーバーフローという言葉がありますが、これは、想定を超える雨水が溜まった際、あえて設計した特定の場所(普段は水を流さない場所)へ水を溢れさせる(オーバーフローさせる)ことで、「ここだけは絶対に浸水させない」という最も重要なエリアを守る考え方です。
結露で言えば、発生自体はやむを得ないと割り切り、それによる「カビの発生と蔓延」を最悪の事態だと定義します。そうすれば、掃除しやすいディテールにする、通風を確保し乾燥しやすい環境を整える、防カビ性能の高い材料を選ぶなど、多様な対策の選択肢が生まれます。
地震に対しても想定外の大きさの地震が来たら耐震ブレースは損傷しても、柱や梁の損傷は軽減して人命は守るといった考え方があります。
最悪だけは起こらない方法という課題設定にすると膨大なコストを掛けなくてもできることが多々あります。
③分野横断で最適解を探る。複雑化は「美しい建築」へのチャンス
このように自然の圧力の変化によって建築の考え方や工夫する余地というのは、年々増えています。またこういった課題への対応方針は、意匠・構造・設備といった各分野が、それぞれ個別に追求を深めるだけでは、最適な答えにはたどり着けません。
すべての課題を統合する中で最適な建築の形が見つかっていきます。良い形、美しいデザインというのも建築設計としてのエンジニアリング要素の根拠と重なることで、良い評価がされる潮流は強まっていると思います。
賞を取ることがすべてではないですが、社会的に評価されるものは分野横断的な統合があることは間違いありません。
構造設計者としては、設計の初期段階でデザイナー(意匠設計者)の思考を縛らないように配慮しつつも、思考を導くための数値的な根拠や架構の考え方を示すことが非常に重要です。
参考:思考が進む具体性を示そう
設計条件が複雑化していくというのは、建築として統合されたより洗練されたものを生み出すチャンスでもあると捉えています。構造設計者への期待も大きくなっていると感じています。
まとめ:これからの設計者に求められる3つの視点
今回は、変化する自然環境に対し、建築設計者がどう向き合うべきかを3つの視点から解説しました。
- 現状認識: 温暖化やゲリラ豪雨など、自然の変化をデータで捉え、基準法を鵜呑みにしない。
- 設計思想: すべてを完璧に防ぐのではなく、「最悪の事態」を定義し、それを回避する「フェイルセーフ」の考え方を取り入れる。
- 未来への展望: 意匠・構造・設備の垣根を越えて課題を統合し、複雑性をより洗練された建築を生み出すチャンスと捉える。
法律を守る「最低限の設計」から、未来を予測し、人々の生命と財産を守り抜く「最善の設計」へ。それこそが、現代の構造設計者に求められる使命ではないでしょうか。
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