【わかりやすい構造設計】施工計画の知識で設計が変わる!現場で役立つ実践的思考法

【地盤・基礎構造】

構造設計者の仕事は、図面上の計画を、現実に、安全かつ合理的な構造物として「つくり上げる」ことにあります。その実現のためには、設計と表裏一体の関係にある「施工」への深い理解が不可欠です。

現代の建築設計、特にコンピュータの導入は、構造設計者に複雑で高度な解析を可能にしました。しかしその一方で、設計の高度化・複雑化が、現場の施工実務との間に新たな溝を生み出す危険性もはらんでいます。「図面上は成立しているが、実際には作りにくい」という事態は、コスト増や工期遅延だけでなく、建築物全体の品質低下にも繋がりかねません。

この記事では、構造設計者がなぜ施工計画を知るべきなのか、そして特に現場での施工プロセスが構造計画にどう影響を与えるかに焦点を当て、具体的なステップに沿って掘り下げていきます。

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① 敷地条件から見える「制約」と「可能性」

すべての建築プロジェクトは、その土地固有の条件から始まります。特に構造計画において、「何が作れるか」は「どうやって作れるか」という施工の制約によって大きく左右されます。この「作り方」を最も具体的に規定するのが、現場で使用できる重機の種類と能力です。その影響は建物の最深部である基礎工事から始まり、建物全体の骨格を決定づけます。

その一事例として、杭工事の計画が重機によって決まるプロセスを見ていきましょう。建物を支える杭の施工には、三点式杭打機のような大型の専用重機が必要となることが多くあります。しかし、前面道路が狭かったり、敷地内に重機を設置・旋回させるスペースがなかったりすると、この標準的な大型機を搬入すること自体が不可能です。

この時点で、構造設計者の選択肢は大きく絞られます。大型機が使えないのであれば、より小型の機械で施工できる工法を選ばなければなりません。

その結果、以下のような具体的な設計変更が求められます。

  • 施工可能な既製コンクリート杭のサイズが直径600mm程度に制限される
  • 小口径の鋼管杭への変更を余儀なくされる

これは単に杭の種類が変わるだけの話ではありません。杭一本あたりの支持力は建物の総重量を支えるための根幹です。杭のサイズや種類が重機の制約によって限定され、計画していた支持力が確保できなくなれば、建物全体の計画を見直す必要に迫られます。

例えば、重量の大きい鉄筋コンクリート(RC)造での設計が困難になり、より軽量な鉄骨(S)造への構造種別の変更を検討するといった大きな判断が必要になるのです。

このように、杭重機という一つの制約が、基礎から上部構造全体の設計方針を連鎖的に決定づけていきます。そしてこの原則は、地上躯体の工事においても同様に当てはまります。

地上工事の主役であるクレーンもまた、「敷地の広さ」や「隣地との距離」によってその能力が制限されます。搬入については杭打ち機と同様です。敷地に作業スペースがなければ、鉄骨の大きなブロックを地面で組み立ててから一気に吊り上げる「地組み」はできず、部材を一つずつ高所で組み立てる工法にならざるを得ません。隣地が近接していれば、クレーンのブームが越境できないため、より小型のクレーンしか使えず、結果的に運搬・設置できる部材のサイズが小さくなる、といった具合です。

「制約」を「設計の起点」へ転換する思考

ここまで見てきたように、「重機」「広さ」「距離」からくる様々な制約は、設計者にとって避けては通れない初期条件です。しかし、これを単なるネガティブな条件と捉えるのではなく、設計の方向性を決める「起点」として捉え直すことが重要です。

制約があるからこそ、それを乗り越えるための創造的な工夫(部材の分割、軽量化工法、ユニット化など)が生まれ、その敷地ならではの合理的で無駄のない設計に繋がります。

重要なのは、これらの検討を建築計画の最も初期の段階で行うことです。意匠設計がある程度固まってから構造計画を始めるのではなく、企画・基本設計の段階から、意匠設計者や施工予定者と「この敷地ではどのような作り方が最も合理的か」を議論し、情報を共有することが、プロジェクト全体の成否を分けるのです。


② 施工手順を「追体験」し、構造計画に織り込む

敷地と重機という大きな枠組みを掴んだら、次はより具体的に、工事がどのように進んでいくのか、その手順を設計者の頭の中で「追体験」することが重要になります。建築は、設計図の通りに一瞬で立ち上がるわけではありません。根切りから始まり、地下躯体、地上躯体、そして仕上げ工事へと、時間軸に沿って刻々とその姿を変えていきます。

なお、地下工事において極めて重要な「山留計画」については、それだけで一つの大きなテーマとなるため、別途詳細な記事で解説する予定です。

施工段階で発生する特有の課題を予見する

各工法は単独で見れば成立していても、工事全体の流れの中で見ると、予期せぬ問題が起こることがあります。「想定外の場所に仮設の柱があってクレーンが寄れない」「躯体が出来上がったら、奥まった場所にある付属物が設置できなくなった」といった事態を防ぐには、施工手順を踏まえた判断が不可欠です。

  • 重機設置に伴う仮設荷重の検討 重機が建物の外周部からだけでは施工できない場合、1階の床スラブや梁の上に設置することがあります。この時、重機が載る範囲の構造体には、完成後には作用しない極めて大きな集中荷重がかかります。この荷重に対して、部材が安全であることを検証するのは構造設計者の重要な役割です。 

    施工時の荷重に対しての共通の考え方として、このような中期の荷重に対する部材耐力は、短期許容応力度と長期許容応力度の中間的な値を取るなど、その性質に応じた判断が必要になります。また、荷重が動的な影響を含むのか、集中荷重か等分布荷重か、どの程度の期間作用するのかといった荷重の特徴を正確に踏まえて、適切な安全検証を行わなければなりません。

    時には、構造設計者側から中身に踏み込んで、鉄板の敷き方や仮設サポートの組み方まで含め、より安全で経済的な力の流し方を施工者と共に検討し、提案していく積極的な姿勢が求められます。
  • 「あと施工」を前提とした計画的設計 工事をスムーズに進めるため、タワークレーンの設置箇所や、地下工事の際に資材を搬出入するための構台の柱脚部など、躯体の一部を意図的に後から施工する「あと施工」の範囲が発生します。これが工程のボトルネックにならないよう、設計段階から配慮することが賢明です。 例えば、吹き抜けやエレベーターシャフトのような元々の開口部をタワークレーンの設置スペースとして活用したり、あと施工となる柱や梁の位置・向きを工夫したりすることで、躯体への影響を最小限に抑えることができます。

    縦穴方向だけでなく平面的に重機が移動できるように柱や梁をあと施工にすることもあります。RCであれば機械式継手を使ったり、鉄骨であればノンブラケットにして置いてスペースを作っておくといったことがあります。RCの場合には継手の工法や位置によっては部材ランクにも影響が出るので、特に1階柱脚部分はヒンジ領域になるので配筋と重機との干渉には注意が必要です。
  • 本体の付属物 内部・外部鉄骨階段や渡り廊下といった付属物をいつ作るのかも計画上重要になっていきます。本体がないと自立しない階段が敷地の一番奥に合った場合にはいつ設置するのか?内部階段はいつどこから設置するのかは重要な調整ポイントになります。本体ができてしまうと奥まで重機が行けなかったり、屋根や床を張ってしまうと階段が吊りこめないといったことがないようにしましょう。
  • 反力が必要なものの設置 最もわかりやすい事例は鉄骨造の外壁になると思います。特にPC外壁のような重い外壁の際には要注意です。スラブが取り付くことでねじれによる反力が確保できますが、施工手順上反力となるスラブが施工前に外壁を設置してしまうと梁がねじれてしまいます。 最終段階でなく施工段階でも力のつり合いが成立するようにしましょう。

これらの検討は、構造計算をして断面を決め、図面を描くという一方通行の思考では決して対応できません。時間軸の概念を取り入れ、工事の各段階における構造体の状態をシミュレーションする、いわば4次元的な思考が求められます。


③ 施工を知ることは、設計者の可能性を拓く

ここまで見てきたように、施工計画への理解は、単に設計上のミスや手戻りを防ぐためのリスク管理に留まりません。それは、より経済的で、合理的、そしてその敷地ならではの創造的な構造デザインを実現するための、構造設計者にとって最も強力な武器の一つです 。

「この敷地では大きな部材は使えない」という制約は、見方を変えれば「分割された部材の接合部をデザインの主役にする」という新たな発想の扉を開くかもしれません。「この施工法を使えば、現場作業を大幅に削減できる」という知見は、従来では考えられなかった斬新な架構形式のヒントを与えてくれるかもしれません 。

優れた構造設計は、決して設計者一人の力で生み出されるものではありません 。建築の総合とはは、多様な専門家たちの知恵と技術の結晶です。施工の現場には、設計者が持ち得ない豊富な経験と先進的な技術を持つプロフェッショナルが数多くいます 。

構造設計者は、自らの専門領域に閉じこもることなく、施工者をはじめとするチームのメンバーと積極的に対話し、協働の姿勢を持つことが不可欠です 。彼らの知見を尊重し、設計の初期段階からプロジェクトに巻き込むことで、設計の質は飛躍的に向上します。

建築は発注の形式上、正式な施工者が決定するのは設計後になることもありますが、今後は普段から相談に載ってもらえる関係を作れる人間性を持ち合わせることが不可欠になってくるでしょう。

最後に、施工は施工者に任せるだけではなく、自身も当事者になってわからないことはどんどん質問して吸収し、少しでも構造のちょっとした変更や工夫で現場が前向きになるものは提案していきましょう。設計者だからこその視点を活かした案が必ずあります。たとえ採用できない提案であっても、それを考えることが次に繋がり、何より設計者のそういった協力的な姿勢は、よい現場に不可欠な前向きな空気、良好な関係を作ります。

図面という机上の空論でとどめるのではなく、実現まで導くことがエンジニアとしての責務であり、この仕事の最大の醍醐味なのです。

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