構造設計というと、「硬派で難しい計算ばかりしている」という印象を持たれがちです。もちろん、それは構造設計の一面ですが、近年「構造デザイン」という言葉が浸透してきたように、その役割は多様化しています。
実際、構造設計者には様々なタイプがいます。初期の骨格(素形)を作るのが得意な人、計算を駆使して深く探求するのが得意な人、他部門と活発なやり取りをしながら最適な答えを導き出すのが得意な人。それぞれの長所を活かすことが、良い建築を生み出す鍵となります。
しかし、どのタイプであっても、「建築物が安全である」と論理的に説明できる計算能力は、構造設計者(エンジニア)としての必須スキルです。
今回の記事では、その計算に不可欠な「数字」との向き合い方、そして数字の先にある本質を「言葉」で考えることの重要性について解説します。
① なぜ計算は「わかったつもり」になりやすいのか?
構造の基準書や解説書は、初めのうちは見慣れない言葉や数式に圧倒されることでしょう。しかし、実務では課題に期限があるため、すべてを完璧に理解する前に、何らかの答えを出して先に進まなければならない場面が多々あります。
そんな時、構造計算の落とし穴が見えてきます。良くも悪くも、背景にある物理現象や理論を完全に理解していなくても、数値を当てはめれば答え(計算結果)が出てしまい、書類が作成できてしまいます。
例えば、行政や審査機関からの指摘に対し、指示通りに数値を入れ直して計算さえできれば、審査側が意図を汲んでくれて承認されることがあります。すると、内容は理解不十分なまま課題が進んでしまい、本人は「解決できたから、わかった」と錯覚してしまいます。
特に多忙な時期は、一つの課題に時間をかける余裕がなく、それ以上深く考えることをやめてしまいがちです。
その結果、一度解いたはずの計算が知識として定着せず、応用が利かないという事態に陥ります。これは極端な例に聞こえるかもしれませんが、理解度に関わらず同じ数値(答え)が出てしまうのが、計算の怖いところです。
人材育成の場面でも、提出された計算結果の数値だけでなく、その思考プロセスや言葉遣いから、本質的な理解度を把握することが重要になります。
② 当サイトが計算式や図解を多用しない理由
本サイトでは、基本的に計算式や図解を多用しない方針をとっています。その理由は、前述した「わかったつもり」による思考停止を避けるためです。
頭では「背景を理解することが大事」とわかっていても、いざ数式を目の前にすると、その背景や意図を考える前に、数値を当てはめて計算する「作業」に意識が向かってしまうのが現実ではないでしょうか。
本来は、背景や意図を言葉で理解してから数式を見る方が、はるかに理解は早いものです。当サイトは、その成功体験を少しでも早く積んでもらうことを目指しています。
もう一つの理由は、「原文を読んで根拠を押さえる」という設計者としての基本姿勢を身につけてもらうためです。設計は、根拠の積み重ねです。ネットで調べただけの曖昧な情報では、責任ある根拠にはなり得ません。自ら法文や基準書の原文に目を通し、その背景を読み解くことが不可欠です。
原文にあたる過程で、目的の箇所の周辺知識も自然と目に入ります。そうした地道な作業こそが知識の幅を広げ、設計者としての成長に繋がります。
③ 誰もが理解できる「言葉」に変換する力
専門性の高い構造設計では、多様な関係者(専門家から建築に詳しくないクライアントまで)と考えを共有するために言語力が不可欠です。専門用語を並べるだけでは信頼されず、業務は円滑に進みません。
専門的な内容を誰にでも分かる平易な言葉で説明するには、工学への深い理解と言語力の両方が求められます。もし自分の説明が相手に伝わらないなら、それは相手の理解力不足ではなく、自身の「言語力」と、その根底にある「工学的な理解」の両方に伸びしろがあるサインだと捉えましょう。
特に若手のうちは、クライアントより先に、技術に明るい上司や審査機関の専門家と話す機会が多いでしょう。すると、多少説明が足りなくても相手が意図を汲んでくれるため、コミュニケーションが成立してしまいます。
この「伝わった(ように見える)」経験に満足してしまうか、それとも「次はもっと的確に伝えよう」と意識を向けられるか。ここが成長の大きな分かれ道になります。言葉を洗練させる意識を持つことで、あなたの見える世界は確実に変わってくるはずです。
日頃から自分の業務や考えを「言葉」にしてアウトプットする習慣は、言語力だけでなく、あなた自身の思考を整理し、設計能力そのものを鍛える上で非常に有効です。
参考:構造設計者は自然・工学・形を繋ぐ通訳者
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