「鉄骨造の基本を知る」シリーズ、今回のテーマは、鉄骨造においては欠かせない「溶接」です。
鉄骨造の建物は、柱や梁といった鋼材を組み合わせて作られます。その部材同士を一体化させ、力をスムーズに伝えるために不可欠なのが溶接です。この溶接の品質が、建物の耐震性能を大きく左右します。
今回の記事では鉄骨造における溶接の重要性について書いていきます。
①溶接の被害が注目された震災被害
溶接の重要性が再認識される大きなきっかけとなったのが、1995年に発生した阪神・淡路大震災です。この地震では、多くの鉄骨造の建物も甚大な被害を受けました。その中でも特に注目されたのが「溶接部の脆性的な破断」でした。
鉄骨造の設計では、地震の大きなエネルギーを吸収するために、鋼材が粘り強く「伸びる」こと(塑性変形)を前提としています。しかし、この震災では、柱と梁をつなぐ重要な仕口の溶接部が、十分に粘ることなく、脆性破壊してしまった事例が数多く報告されました。
なぜこのような被害が起きたのか?
当時の設計基準や溶接技術では、以下のような点が問題視されました。
- 溶接材料や施工法の問題: 溶接時の入熱管理(熱の加え方)が不適切だったり、使用する溶接材料が母材(鋼材本体)の性能に追いついていなかったりした。
- 設計上の問題: 柱と梁の接合部ディテール(詳細な形状)が、応力(力の集中)を逃がしにくい形状になっていた。
- 非破壊検査の不足: 外から見えない内部の溶接欠陥を見つける検査が、現在ほど徹底されていなかった。
この震災の教訓から、建築基準法や関連する技術基準は大幅に見直されました。溶接部の設計法、使用する鋼材や溶接材料の規定、そして現場での施工管理や検査体制が厳格化されたのです。「溶接部は、母材である鋼材と同等以上の性能を持つこと」が、現在の設計における絶対的なルールです。接合部が母材よりも先に崩壊しないことは鉄骨造に限らず構造設計全般に共通する認識でもあります。
②完全溶け込み溶接と隅肉溶接、どう違う?
鉄骨造で使われる溶接は、主に「完全溶け込み溶接」と「隅肉溶接」の2つです。それぞれの特徴を理解し、建物のどの部分でどのように使われるかを知ることが重要です。
・完全溶け込み溶接(突合せ溶接、通称:フルペナ)
特徴: 部材と部材を突き合わせて、その断面全体を一体化させるように溶接する方法です。まるで元々一つの部材であったかのように接合できるため、母材と同等の強度と性能が期待できます。その分、高度な技術と厳格な品質管理が求められます。
- 強度: 接合部が母材と一体化するため、非常に高い強度を発揮します。
- 施工: 溶接部を開先(かいさき)と呼ばれる溝形状に加工し、その溝を溶接金属で完全に埋めます。施工が難しく、超音波探傷検査(UT)などの非破壊検査で内部に欠陥がないかを確認する必要があります。
- コスト: 手間と検査が必要なため、コストは高くなります。
主な使用箇所: 建物の骨格の中でも、特に重要な部分、大きな力がかかる部分に使われます。
- 柱と柱の接合(継手)
- 柱と梁の接合部(仕口)
- 大梁と大梁の接合(継手)
これらの部分は、地震時などに建物の骨格全体が一体となって粘り強く変形するために、母材と同等の性能が求められるため、完全溶け込み溶接が必須となります。
・隅肉溶接
特徴: 2つの部材が直交、またはある角度で交わる部分の「隅(すみ)」を、三角形の断面になるように溶接する方法です。完全溶け込み溶接に比べて施工が比較的容易で、鉄骨造のあらゆる箇所で使われています。
- 強度: 溶接のサイズ(脚長)によって強度が決まります。母材と一体化するわけではないため、強度は完全溶け込み溶接に劣りますが、設計で指定された力を伝えるには十分な強度を持たせます。
- 施工: 開先加工が不要な場合が多く、施工が比較的スピーディーです。検査も外観の寸法や割れなどを確認する目視検査が主となります。
- コスト: 完全溶け込み溶接に比べて経済的です。
主な使用箇所: 二次的な部材や、せん断力を伝える部分に広く用いられます。
- 柱や梁の補強プレート(スティフナー)の取付け
- 小梁の接合部(ガセットプレートを介した接合など)
- 柱脚(ベースプレート)と柱の接合
- 間柱や胴縁などの二次部材の取付け
・部分溶け込み溶接
特徴: 完全溶け込み溶接と隅肉溶接の中間的な位置づけの溶接です。完全溶け込み溶接と同様に開先加工を行いますが、部材の断面の一部だけを溶接します。
- 強度: 溶接深さ(溶け込み深さ)によって強度が決まり、隅肉溶接よりは強く、完全溶け込み溶接よりは劣ります。
- 施工とコスト: 開先加工の手間はかかりますが、溶接量が少ないため、完全溶け込み溶接よりはコストを抑えられます。
- 主な使用箇所: ある程度の強度は必要だが、完全溶け込み溶接ほどの性能は要求されない箇所に限定的に使われます。例えば、柱とベースプレートの接合などで採用されることがあります。
- 注意点: 地震時に大きな変形を期待する「保有耐力接合」が求められる箇所には、原則として使用できません。あくまで二次的な箇所や、応力が小さい部分での使用に限られます。

参考:接合部の耐力評価と仕様
③これだけは押さえたい!隅肉溶接の計算で覚えておきたい数値
最後に、構造設計の実務で必ず出てくる、主に隅肉溶接に関する計算に使用する重要な数値をいくつかご紹介します。
・ のど厚(のどあつ)
これは隅肉溶接の強度を計算する上で最も重要な寸法です。 隅肉溶接は断面が二等辺三角形になっていますが、その三角形の底辺から頂点までの最短距離を「のど厚」と呼びます。応力計算では、この「のど厚」の断面積で溶接部が力を負担すると考えます。
脚長(溶接の三角形の等辺の長さ)が10mmの隅肉溶接の場合、強度計算で有効な厚さとなる「のど厚」は約7mmとなります。構造図には脚長が指示されているので、その0.7倍が実際の計算に使われる厚さになります。
・最小隅肉サイズ
隅肉溶接は、薄い板に対してあまりに分厚い溶接をすると、熱で板が変形してしまいます。逆に、厚い板に細すぎる溶接をすると、溶接時に急激に冷やされて割れやすくなります。 そのため、接合する板の厚さに応じて、確保すべき「最小の隅肉サイズ(脚長)」が定められています。
強度計算で必要とされるサイズと、規定の最小サイズを比較し、大きい方の値を採用する必要があります。
・隅肉溶接の有効長さ
隅肉溶接の有効長さとは、強度計算を行う上で、実際に力を伝達する部分として有効とみなされる長さのことです。溶接の全長そのものではなく、強度が不十分になりやすい始点と終点部分を除いた長さで評価します。これは、溶接の開始部と終了部では、アークが不安定でクレーター(へこみ)などの欠陥が生じやすく、期待通りの強度を発揮できない可能性があるためです。
一般的に両端それぞれから隅肉サイズ分を溶接長さから除いたものが有効溶接長になります。
また、有効溶接長の長さの最小値は隅肉サイズの10倍以上かつ40mm以上となっています。同じ溶接長であっても連続している方が強度は高くなります。最小値が決められている理由は、母材の熱容量に比較して与える熱量が少ないと、溶接部が急冷されて割れを生じやすく、応力の伝達が円滑に行われないためです。
※監理・検査に関する数値は別の記事でまとめていく予定です。
まとめ
今回は、鉄骨造の基本である「溶接」について、その重要性、種類、そして覚えておきたい数値について解説しました。
- 阪神・淡路大震災の教訓から、溶接部の性能確保が建物の耐震性にとって極めて重要であることが広く認識された。
- 溶接には、母材と同等の性能を持つ「完全溶け込み溶接」と、施工性に優れる「隅肉溶接」があり、場所によって適切に使い分けられている。
- 「のど厚」や隅肉溶接の最小サイズなど、安全な溶接部を設計するための重要な数値ルールが存在する。
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