構造設計の中で部材を決める際の評価軸として、大きな要素に「耐力」と「変形」があります。
構造計算ルートを構成している「許容応力度設計」や「保有水平耐力」という言葉からもわかるように、現在の建築基準法は耐力の評価の方が前面に出るような構成になっています。
そんなこともあってか、部材の断面算定をする際にも、つい耐力を満足させることに意識が向かいがちになります。また、変形に対しては「どのようなクライテリア(基準)を満足させるのか」といったことが、基準法上では細かく設定されていないという背景もあると思います。
今回の記事では、構造設計において「変形」に対して考えるべき視点を解説していきます。
こちらの記事でも変形評価についての大きな視点をまとめています。

①変形に対する評価軸
変形を評価する軸として「絶対変位」と「相対変位」があります。

・絶対変位:地球(あるいは地盤)のような動かないものからの変位
・相対変位:何かと比べての相対的な変位。
動かない基準点に対してではなく、一緒に動くものとの比較
この2つを使い分けることが、変形を正しく評価する上で不可欠な認識になります。また、変形の評価に欠かせないのが「剛性評価」です。剛性というのは、どれくらいの力をかけるとどれくらいの変形をするのかといった部材の硬さを示した値になります。剛性のバランスを計画することで、力の流れをコントロールすることができるようになります。
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構造設計の中で扱う変位に関する規準というのは、建築基準法も含めて相対的な関係に対する評価が多くなっています。そのため絶対変位を忘れがちですが、必ず両面の視点で評価する必要があります。
例えば、偏心率や剛性率というのは相対性に対する評価です。なので、これらの評価だけを軸に考えてしまうと絶対変位に対しての視点が抜けてしまいます。実際には、そもそもの絶対変位(全体の変形量)が十分に小さいものであれば、相対的な比率(偏心率など)が悪くなったとしても、部材に生じるねじれや変形自体が小さいので損傷することはないため、致命的な崩壊に至ることもありません。
偏心率や剛性率の数値を改善するために構造スリットを設けることで無駄に剛性を低下させることが、本当に建物の安全性を向上することに繋がっているのか。基準値に振り回されることなく、設計者自身が判断すべき内容になります。
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②変形についての建築基準法
変形については建築基準法やその中の告示で【長期荷重時】と【短期荷重時】のそれぞれでどのように定めているのかを見ていきます。
【長期荷重時】
建築物の使用上の支障が起こらないことを確かめる必要がある場合及びその確認方法を定める件『建築基準法施行令 第82条四号⇒平成12年建設省告示第1459号』

スパン長に対する部材のせい(高さ)との関係や、梁の長期荷重の作用によるたわみについては、クリープも考慮してスパンの1/250以下とするように、と示されています。
これはある程度の数値としての目安は設けられていますが、使用上の支障が起こらないと設計者が判断すれば必ずこの数値を守らなければならないというわけではありません。
例えばピットの底盤スラブや普段人が登らないような屋根であれば居室と同様のクライテリアで考える必要はありません。
逆に普段の使用上という視点で考えるとこれらの数値を満足しているだけでは、床振動に対してや、ねじれ変形のような使用上に支障をきたすような変形に対しては十分にフォローできていないことになります。
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【短期荷重時】
層間変形角『建築基準法施行令 第82条の2』

最も馴染みがある変形の評価は層間変形角だと思います。
まれに発生する地震(中地震動、一次設計)に対して、層間変形角を原則1/200以下(ただし、著しい損傷が生じない場合は1/120まで緩和可能)とすることが求められています。仕上げ材が追随できる状態であれば変形することで損傷するものがないので緩和することができます。
こちらも長期荷重時と同様で絶対値に対する規定はなく、層間変形角の値についても実態を踏まえて緩和できる余地があります。
また、大地震時(二次設計)においては特に規定はありません。保有水平耐力計算時に最大層間変形角を設定はしますがそれについては規定がないだけでなく、そもそも保有水平耐力計算時に設定している層間変形角は実際の変形とは違います。保有水平耐力計算はあくまでも耐力の評価なので変形に対して評価する計算方法にはなっていません。
実際の変形を評価するには代表的な方法として時刻歴応答解析が挙げられます。
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③構造設計者としてどう安全性を考えるか
ここまで見てきたように変形に対しての評価と言うのは実態を踏まえて設計者が判断していく重要な要素だということがわかります。実際に地震での被害の大きさは変形量によるところが大きいと言えます。
「基準法が定めていないから考えなくて良い」というわけではなく、定められていないからこそ構造設計者としてどのように考えるかが重要になってきます。
例えば、鉄骨造の剛性の低い純ラーメンでも建築基準法は満足しますが、大地震時には大きく変形することが予想されます。そうならないようにブレースを設けて変形を抑制するかどうかは、構造設計者としてのクライテリアの考え方によります。当然コストによってできる・できないはありますが、同じコストでも色々な考え方の構造設計ができます。
冒頭にも述べたように、現在の建築基準法は耐力を主にした体系になっているので、ある程度の剛性があって耐力さえ満足していれば確認申請を通すことはできます。実はここに、設計の自由度を高めるためのポイントが隠れています。
基準法を満足させるための部材については法適合が義務付けられるため、使用する材料や構造的な評価方法にも制限が出てきます。特別な実験や研究をしたり、大臣認定や評定を取得するといった方法もありますが、それは設計の工期や設計料も含めてそんなに簡単にできるものばかりではありません。
一方で、変形を抑制するためだけの部材として鉄骨フレームの中にガラスブロックを設置してみたり、耐火被覆なしの木材で法杖を設けてみるといったことは建築基準法の外側の話として設計に盛り込むことは可能です。
ただし、法の隙間を突いてなんでもやっていいという視点で考えるだけではなくて、本当に安心・安全でより価値のある建物を作るために挑戦するということを忘れてはいけません。
新しいことに挑戦する意欲というのはエンジニアには不可欠な要素ですが、それを第一の目的とするのではなく、あくまで『お客さんの建物に価値を提供するための挑戦』と位置づけることこそが、構造設計者の責務だと考えています。
まとめ
今回の記事では、建築基準法では耐力評価の影に隠れがちな「変形」に対する考え方について解説しました。 構造設計者が建物の真の安全性を確保するためには、以下の3つの視点を持つことが不可欠です。
- 「絶対変位」と「相対変位」の両眼視: 偏心率や剛性率といった「相対的なバランス」の数値が悪かったとしても、そもそも建物全体の揺れ幅である「絶対変位」が十分に小さければ、致命的な被害には至りません。数値合わせのために無理なスリットを入れて剛性を落とすのではなく、全体像を見極めることが重要です。
- 基準法が語らない「大地震時の変形」: 中地震時の層間変形角(1/200等)や長期荷重のたわみ制限(1/250)には一定の基準がありますが、実は大地震時(二次設計)の最大変形に関する明確な法規定はありません。だからこそ、「どの程度まで変形を許容するか」は設計者自身が判断する必要があります。
- 設計の自由度を生む「変形制御」: 建築基準法上の「耐力要素」には厳しい法適合が求められますが、最低限の耐力を満たした上で、純粋に「変形を抑えるための要素(ガラスブロックや木製の方杖など)」を基準法の枠外で追加し、建物の価値を高めることは可能です。法規の隙間を突くのではなく、クライアントのための挑戦として捉えましょう。
【理解度チェック】知識を定着させる〇×クイズ
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問題1 構造設計において、偏心率や剛性率は相対的なバランスを評価する指標である。仮にこれらの数値が基準値をオーバーして「バランスが悪い」と判定された場合でも、建物全体の剛性が極めて高く、「絶対変位(実際の変形量)」が十分に小さければ、ねじれ等による致命的な損傷は生じないため、必ずしも無理に剛性を下げて数値を合わせる必要はない。
解答1 :〇 解説:実務で陥りがちな「数値合わせの罠」です。偏心率を良くするために、せっかくの耐力壁に構造スリットを入れてわざわざ建物を柔らかく(弱く)してしまうことがあります。全体の揺れ(絶対変位)が小さければ、多少バランスが悪くても壊れません。設計者自身の判断が問われる部分です。
問題2 建築基準法における「層間変形角」の制限は、中地震時(一次設計)においては原則1/200以下(条件により1/120まで緩和可)と明確に定められている。同様に、大地震時(二次設計・保有水平耐力計算)においても、倒壊を防ぐために「最大層間変形角は1/100以下としなければならない」という明確な規定が存在する。
解答2 :× 解説: 一次設計(中地震)には変形角の明確な制限がありますが、実は保有水平耐力計算(大地震時)の規定は「耐力」の評価が主目的であり、大地震時の最大変形量についての明確な法規定はありません。 実際の変形量や損傷具合を正確に評価するには、時刻歴応答解析などの高度な手法が必要になります。
問題3 建物の耐力を確保するための構造部材(柱や主要なブレースなど)には厳しい法規上の制約や材料の制限がかかる。しかし、法的な必要耐力は確保した上で、地震時の「変形を抑制して揺れを小さくすること」のみを目的として、独自の材料や部材(例えば耐火被覆のない木材やガラスブロックなど)を組み込むことは、実務上不可能である。
解答3 :× 解説:「耐力を負担させる(法適合させる)部材」と「変形を抑えるための部材」を切り離して考えることで、設計の自由度は大きく広がります。法的な義務を果たした上で、建物の居住性や安全性をさらに高めるためのプラスアルファの要素として、型にはまらない部材を提案することは構造設計者の腕の見せ所です。
